小説 | ナノ


 あの時、なまえの頬に触れられていたなら、俺はどうしていたんだろう。



 ベッドに寝そべり右手を天井に向けて伸ばすと、昨日のなまえが浮かんで、掴めることなく消えた。はは、と渇いた笑いが出た。俺はどうしようもない馬鹿のようだ。ピンポーン。チャイムが鳴る。時計を見れば23時を過ぎようとしていた。誰やねん、こんな時間に。

「はい」

 扉を開けると、そこには懐かしい後輩の姿があった。



06 ふたりにさせない



 「話があるんです」そう言った光の顔はいつになく真剣で、嫌など言えない雰囲気だった。とりあえず部屋に入れて、適当に座らせた。

「どないしたんや、急に」
「なまえのことです」

 円卓を挟んで光の正面に座った俺を、まるで獲物を仕留めるような眼光で睨みつける。そういえば光となまえは高校も同じやったということを思い出した。俺は、それくらいしかしらないけど。


「遠回しに言うたってしゃあないから、単刀直入に言わさしてもらいます。白石さん、アンタ邪魔や」

「今日、先輩熱出して寝込んでたんですよ。原因は、わかりますやろ」

「やのに寝言でアンタの名前を呼んどるんです。なまえは、まだアンタに縛られたまんまなんです」

「好きやのによう守れもせんと中途半端に突き放して、よくなまえとまた話せたもんですね」

「もう、なまえを解放してもらえませんか」

「なまえは俺が幸せにします。アンタが出来んかった分も」


 なにか糸が切れたように光はまくし立てた。話しているうちに『先輩』が『なまえ』に変わっている。光のことだから、呼び名を変えるタイミングを見失ったのだろう。こらえていたことばをすべて吐き出したのか、光は黙った。しばらくして「そんだけです。遅うにすいませんした」と頭を下げて帰って行った。


「解放、か…」

 光、ありがとう。踏ん切り付きそうやわ。



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