小説 | ナノ
「なぁ」
あの後、蔵は何を言おうとしたんだろう。
04 ふたりは3人に
昨晩、帰宅してすぐお風呂に入った。シャワーの音でもかき消せないくらい心臓がどくどく鳴っていた。あの右手は、何をしたかったんだろう。
チュンチュン。雀が鳴いている。朝のようだ。背中が痛い。起きあがればリビングだった。ソファで寝ちゃったのかな。お母さん、起こしてくれたっていいのに。昨日の記憶が曖昧で、思い出そうとしても頭がぐわんぐわんして集中できない。走ったあとのように身体が熱い。
「大丈夫ですか、先輩」
「うわっ」
突如キッチンから姿を現したのは財前くんだった。まだ私と蔵が付き合っていたころ、彼氏の後輩という縁から仲良くなった。財前くんはとても話しやすくて、私の良き理解者だ。話下手な私の話もノロケも、聞き流しているように見えてちゃんと聞いてくれたし。蔵とダメになったときも、放課後の教室で泣きじゃくる私の背中を、文句を言いながらもずっと撫でてくれた。高校も同じで、ちょくちょく会ってはくだらないやりとりをした。私にとって財前くんは友達1号であり、恩人である。その財前くんが、何故ここにいるんだろう。高校を卒業してから会うのは初めてだ。
「あれ、財前くんがっこうは?」
「いまは春休みですよ」
「そうだったっけ」
「あかんで先輩、まだ春先なんやから髪も乾かさんでこんなとこで寝るから風邪引くんや」
「え、なんでそれを」
「ひとつ」
そう言って財前くんは女の子みたいに綺麗な人差し指を立てて私の服を指した。
「パジャマのボタンを掛け違えている。夜、眠いときにあるいは考え事をしながら風呂入ったからやろう。ふたつ、ソファで寝てるんは、ちょっと休憩と思って寝転んだらそのまま眠ってもうたから。おそらく、髪も乾かさず」
「う…」
鋭すぎる。もしくは私がわかりやすいのか。私は何も言い返せず頼りない手つきでボタンを正した。
「なんで居るん?ざいじぇんくん」
「先輩、舌回ってませんよ。いまはそんなん気にせんでいいから、おとなしゅうしとってください。昨日白石さんと先輩が居るとこ見たて謙也さんが言うてたから様子見に来たけど、ここまでダメージ喰らってるとは思てませんでしたわ。はい前髪上げて下さい」
「うあ、つめたい」
ヒエヒエシートが額に乗っかる。財前くんは私の友達1号であり恩人であり、ときに保護者も兼任してくれる。シートを貼った財前くんはキッチンに戻る。ぼけーっとしてると財前くんの声がした。
「先輩ー、体温計どこですのんー」
「えーとね…」
「あぁ、動かんといてくださいよ。転んで怪我でもされたらやること増えて困るん俺なんですからね」
本当に年下なんだろうか。体温計の場所を説明して、財前くんから受け取った。財前くんはまたキッチンに戻る。何をしてるのかな。申し訳ないな。せっかくの春休みなのに、こんなだめだめな先輩の面倒見てくれるなんて。
財前くんは鍋と茶碗を持ってこちらに戻ってきた。おいしそうなおかゆだ。
「たまご粥でよかったですか」
「ありがとう。なんか、ごめんね」
「何がですか」
「せっかくの春休みやのに」
「悪いと思うんやったら早よ治してください」
「うぅ、はい…」
「落ち込んでる先輩なんか、らしくないですわ」
きっと、これは財前くんなりの励ましだ。「ありがとう」と言うと、ぷいっとそっぽを向く。財前くんは私の友達1号であり恩人であり保護者であり、可愛い弟のようだ。
「先輩」
「なあに?」
「先輩、」
「うわ、38度もある…」
「抱きしめて、ええですか」
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