小説 | ナノ
「いやー悪かったな仁王!」
「ゴチっしたッス!」
「さっさと帰れ、大食い共」
まるでゴミを扱うように友達を足蹴にする雅治くんをよそに、2人は雅治くんが扉をむりやり閉めるまでこちらに手を振ってくれていた。翌朝にも食べれるようにと結構な量を作ったのに鍋は空っぽ。でも、楽しい食卓を囲めて私はとても満足した。嵐が過ぎ去ったように、しんと静まり返る。
「すまんかったな、ほんと」
「ううん、楽しい友達だね」
「友達、ねぇ…」
「…雅治くん?」
一瞬曇った表情はすぐいつも通りのポーカーフェイスに戻る。俯いたまま「風呂入るわ」とつぶやいて足早に私の横を通り過ぎるその背中はどこか寂しかった。
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「そういやさ」
「うん?」
夕飯のお皿洗いをしていると、お風呂から上がった雅治くんが隣に来た。冷蔵庫から取り出したお茶を飲んでいる。タオルが頭から掛けられて表情が窺えない。
「昔の夢をみたって話、聞いてもええ?」
「あ…」
「嫌なら、言わんでよかよ」
ちょうどお皿洗いが終わって、私は水を止めた。途端に空気が冷やかに沈黙を連れてくる。雅治くんはきっと心配してくれているんだ。ほんとうのことを言っても、ちゃんと聞いてくれるだろう。私はそう信じて口を開いた。
「小さい頃、男の子にイジメられたの」
「うん」
「そこから男性が怖くて、今でもときどき夢に出たりして」
「…そうか」
「でもね、そのとき、ひとりの男の子が助けてくれたんだ」
「ほう」
「その子は幼なじみだったんだけど、本当に優しくていつも守ってくれた」
「……それって、まさか、お前さん」
「え?」
「…いや、なんでもなか。続けて」
「あ、うん。でも、親の都合で引っ越ししなきゃいけなくなって、その幼なじみとも離れ離れになっちゃった」
「……」
「そんな感じ、かな」
雅治くんは固まって動かない。気まずい雰囲気に耐えきれず「私もお風呂入るね」と言い逃れ、脱衣場へ向かった。
再び物語が始まる
(さっきの雅治くんの顔、いつになく真剣だったなあ…)
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