小説 | ナノ


「おまえ、なにちょうしにのってんの?」
『なんのこと?』
「こいつつれてこーぜ」
『や、やめてよ』
「ていこうすんな!」
「顔だけはなぐんなよ。みえるとこにきずつくったらやばいぜ」
『やだぁっ』







「やだ…っ!!」


 もがいて、やっと開けた目は、ぼんやりとした視界から段々と輪郭を取り戻していく。静けさの漂う室内に、私の荒い呼吸と微かな目覚まし時計の音だけが響いてる。ベッドの上、布団の中、天井の下。どうやら夢だったみたい。私は安堵の息を吐き、額の冷や汗をぬぐった。


「…大丈夫か」
「うひゃあっ!?」


 突然の問いかけに、まだ落ち着いてなかった精神は簡単に動揺した。私の奇声に目を丸めて驚く雅治くんの顔が、ベッドボードから上半分だけ見えている。はしごをのぼって遠慮がちにこちらを覗いている、そんな感じだ。


「だいぶ、うなされとったみたいじゃけど」
「ん、だいじょ、ぶ。昔の夢、みちゃっただけだから」
「…そうか」


 すぐいつもの雅治くんの表情に戻り、彼はリビングに姿を消した。それからすぐバタンと音がした。きっとあれは、リビングから脱衣場に入った音。何かしている最中だったんだろうか。わざわざ心配して、見に来てくれたんだなあ。どうやら雅治くんは、悪い人ではなさそう。私もはしごを降り、キッチンに向かった。蛇口をひねり、コップに入れた水道水を一杯、いちどに喉を通す。気分は良くなってきた。時計を見れば、朝7時。パンでも焼こうかな。そんなことを考えていると、雅治くんがキッチンにやってきた。オレンジのウェアを着て、バッグを肩に提げている。


「部活、行ってくる」
「あ、そうなの?大変だね、入学前なのに」
「…入学?」
「うん。次、高校でしょ」


 こらえきれずに、といった感じで雅治くんは吹き出し、くすくすと身体を小さく揺らしながら笑う。初めて、彼が笑うところを見た。いつものどこかを眺めているような顔からは想像もつかないような、子供っぽい笑顔だった。


「ま、さはるくん?」
「あ、いや、すまん。俺、年下じゃよ」
「…へ?」
「次、中3」



 脳内時計の針が、止まる。




ウソはだめ、です

(年下? え……年下?)




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