小説 | ナノ


 そっと目を開ける。聞こえたのは雀の鳴き声。障子越しの朝陽が眩しい。重い腰を上げて縁側に出ると既に洗濯物は干されていた。そういや今日は遅出だった。だからなまえが起こしに来なかった。

「それだけ…だよな」

 ふと自分の手を見て昨日己の起こした行動を振り返る。そこで俺は思った。何をそんなに悩んでんだっけ。つい最近知り合ったばかりの奴に振り回されてる。俺は、こんなにも人付き合いにおいて不器用だったのか。なんだかもの凄く面倒臭い。顔を洗おう。これは気分転換の際に用いる術だ。しかし可笑しい。顔を洗っても、自然と足が向いたのは厨房だった。こっそりと覗くつもりが、すぐなまえに見付かった。タイミングが良いのかどうかはわからない。硬直する俺の耳へといつもの声が入ってくる。

「あ、沖田さん、おはようございます」
「あぁ…おはよう、ごぜぇやす」
「今日は早いんですね」
「マヨネーズに溺れる嫌な夢みたんでさァ」
「ふふ、朝ごはんにします?」

 心底安堵している自分が不思議だ。どうしてだろう。この笑顔を目にして漸く朝が始まり脳が目を覚ましていくようで、鮮明になまえの姿を視神経が映し出していく。朝食を済ませてから、昼前。再び厨房へ行くと、なまえは可笑しそうに俺を見て笑った。

「何でィ、俺の顔になんか付いてやすか?」
「いえ、折角のお休みなのに、ここに来てくださるから」
「ここが良いんでさァ」
「そうなんですか?私も、沖田さんが来てくださるの嬉しいですよ」
「そりゃ一石二鳥ですねィ」

 あぁそうだと切り出す俺の声に、隊員の昼食の準備をするなまえはそっと耳だけ傾ける。そして俺は裾からひとつあるものを取り、それを差し出した。なまえも気付いたようでそいつを見る。

「これは?」
「江戸へ来る時姉に持たされた小銭入れなんですがねィ…使う機会が無くて。良かったら貰ってくれやせんか」
「えっ、そんな私なんかが」
「日頃の礼ですぜ。なまえが受け取ってくれなきゃ困りまさァ」
「じゃあ…頂きます。さっそく、今日の買い出しから使わせてもらいますね」
「なら、こいつも喜びやすよ」

 頬を染めて喜ぶなまえを見たら、昨日自分のしたことを償えた気がした。そうやって、プラスマイナスゼロにしようとした。そうすることで救われたかったのかもしれない。でもそのときは、喜んでもらえた気持ちで一杯だった。そして、昼食を作り終えるとすぐ買い出しに行ったなまえを玄関で見送った。後ろ姿が見えなくなるまで、眺めてた。俺は、まだ何も知らずに。
 俺は玄関で待機していた。いち早く出迎えるためだ。そんな子供じゃあるまいしと山崎が陰口を叩くのでシメた。それなのに、夕方になっても玄関の戸は開かない。外は夜へと変わろうとしだした頃、屯所内もざわつき始めた。

「俺が探してきまさァ」

 後方から近藤さんと土方さんの呼び止める声が聞こえた。だが優先順位はそこではない。屯所を飛び出し、ただひたすら眼に焼き付けた姿を思い出す。夢なら覚めてほしい。そして俺をいつものように起こしてほしい。これは全部嘘だと言って、笑ってほしい。外は、あの日のように雪が降っている。


手に乗せたってすぐに溶けて消えてしまう


090319
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