小説 | ナノ


 いつもと変わらない朝。ただいつもより少し寝覚めが良かった朝。俺はむくりと上体を起こし、だらしなく伸びをしつつ欠伸を噛みしめる。ふああ、いま何時だろう。部活に間に合うかな。現在、俺のいる立海テニス部は全国大会の真っ最中。俺は無事復帰できて、いまはテニスができるよろこびを身体中で感じながら練習に身を捧げている。今日ももちろん朝から練習。
 ん? ふと後ろを見ればなにかが目に入った。なんと、そこには俺がいた。下半身はかさなっていて、腰あたりからまっぷたつに分岐されている。未だ寝転んでいる後ろの俺は、ひどく青白い。

「幸村ぁっ!!」

 うわ、びっくりした
 真田が通常の5割増くらいの形相で扉を開ける。真田の後ろからぞろぞろと見慣れた顔があらわれた。なまえもいる。どうしたんだろう、哀しい瞳をしている。
 俺が動くと、後ろの俺はどうなるんだろう。おそるおそる、ベッドから出た。すると今度は完全に2体に分かれた。もう1人の俺はやっぱり目を覚まさない。

「たるんどる…たるんどるぞ幸村…こんな時に……」
「やはり、復帰してすぐでしたから、体に障ったんじゃないでしょうか」
「幸村くんの練習量ハンパじゃねぇもんな」
「部長、なんで死んじまったんスか…」

 赤也が入部したての頃のようにぼろぼろと涙をこぼしながら放った言葉は、俺の理解の外のものだった。そっと、もう1度『俺』を見れば、その表情は死人そのもので、背筋に沿って恐怖が身体を走った。俺は何も出来ずに立ちつくす。すぐあとからなまえが泣き出し、ついにブン太まで泣き始めた。皆が皆真剣に哀しいムードで、事実は一層俺を混乱させた。

「部長、嫌です…私、部長のこと許さないです」

 え、ごめん。許して? どうしたら許してくれる? 泣きやんでなまえ。泣かないで。病気が治ったとき、なまえがやっと泣かなくなって、俺ほんとうに嬉しかったのに。
 するり。なまえの涙を拭おうとした俺の親指は、きれいになまえをすり抜けた。ならばと両手をいっぱいいっぱい広げて抱きしめようとしたけど結果は変わらず。なんで。俺、がんばったじゃん。たくさんがんばったのに。なんでもうお別れなの? なんでまた泣かせてしまうの? なまえ、泣かないで、なまえ……





「……ん?」
「あ、おい、幸村くんが目を覚ましたぞ!」

 瞼がやけにおもたい。視界はぼやけていて、うっすらと白い天井が見える。ブン太の声が聞こえるけど、ここはどこなんだろう。天国なのかな。

「部長ー!」
「冷や冷やさせる奴やのう」
「部活中に倒れるなど、たるんどるぞ幸村。無理をしてまた入院などとなっては元も子もないのだぞ」
「弦一郎の言う通りだ。いくら大会期間中で一刻も早く体力を取り戻したいとしても、やりすぎては意味がない。適度に休息をとることも必要だ」
「何はともあれ、大事に至らずに良かったですよ。お身体の具合はどうです?」
「あ、あぁ…大丈夫、みたい」

 どうやら保健室のようだ。一応、起き上がって後ろを確認してみると、シーツしかなかった。変な夢だったなあ。

「部長…」

 夢のなかと同じように、なまえは目を真っ赤にして泣いていた。ゆっくりと手をのばし、なまえの頬に触れると、あたたかくて、やわらかかった。俺はひと安心して、なまえの涙を拭った。


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