小説 | ナノ


「お、おは「ぎゃあああ」ようおわぁああああ!!」


 ターゲットの声が廊下から聞こえたと同時に、俺はヅラと話しながらナチュラルに扉へもたれかかる。そして教室に差しかかり顔が見えた瞬間、さらにナチュラル度を上げて挨拶……したはずが、あっさり遮られてターゲットの右ストレートを喰らった。



恋愛方程式



 おかしい。今日は絶対上手くいくと思った。計画は完璧だった筈だ。俺は2つ斜め前に座るみょうじの背中を眺める。初めて話しかけた春から、ずっとこの調子だ。目が合ったらすぐ逸らし、話しかけたら逃げ、近づいたら鉄拳が飛んでくる。理由を問う暇なんか無くて、だから毎日1度は何か変化があるかと、ああしてみょうじに接近してみるのだが。思い出しただけで腫れた右目が疼く。

「…じゃあ次の問題を、坂田」
「……へ?」
「へ、じゃない」
「え、ーっと…?」


 やばい、先公の話どころか授業中だということを完全に忘れていた。クスクスと四方八方から笑い声が聞こえてくる。泳ぐ視線に、此方を横目で見ながら口を抑えているみょうじが映った。ざまあみろ、という言葉がその表情から滲み出ている。あんのクソアマ、絶対ェ仕返ししてやる。俺の魂に火がついた瞬間だった。









 今日という今日はなんとしてでもアイツと話をつけてやる。そして今まで俺に放った数々の拳や技や、授業中の失態に対する謝罪の言葉を述べてもらいたいところだ。更にイチゴ牛乳を奢ってもらったってバチは当たらないだろう。というわけで、放課後俺はみょうじの後を尾行するに至った。アイツの弱点が見つかるかもしれない。

「あ」


 みょうじは声を漏らし、足を止めた。俺は電柱の陰から目を凝らす。よく見たらみょうじの足元には青虫が居るではないか。ウネウネと体をくゆらせほふく前進している。俺はハッとした。そうか虫か! 何故いままで思い付かなかったのだろう。女子なら総じて苦手な筈。これでアイツに一泡吹かせられr「こんなところに居たら車に轢かれちゃうよ?」……えぇぇ!? 俺は心の中で絶叫した。鞄から不要になったのであろうプリントを取り出したみょうじは、徐に青虫をその上に乗せ、近くの木に移動させていたのだ。いやいやいや、怖がれよ! 手掴みじゃないだけマシか? いやいやいやそんな馬鹿な。アイツに弱点なんてものは存在しないのか?
 ……なんて俺が慌てふためいている間にみょうじの姿は既にこの場から居なくなっていた。俺は足を急がせる。なんとしてでもアイツをガツンと言わせられる何かを探すのだ。再び燃えるアツイ闘志を胸に秘め、角を曲がろうとしたその時、誰かの声が聞こえた。咄嗟に動きを止め、その声に耳を傾ける。壁からそうっと声の方を見れば、みょうじの後ろ姿と、みょうじの進行を阻むかのように立ちはだかる小学生2人が窺えた。なんだ、あのガキは?


「やーい、リンゴお化け!」
「なまえのほっぺは真っ赤っか〜!」


 どうやら近所の子供のようだ。小学生2人組みはキャッキャとみょうじをはやし立てる。俺は安易に想像できた。いつも俺にしているように、あのガキ共にも制裁を下す場面を。さあいつだいつだ。俺は待った、が、幾ら待ってもみょうじに動く気配は無い。小学生のイタズラな悪口は続く。どうしたんだ。いつもの威勢はどこへ行ったんだ? 虫には勝てるのにあんなクソガキの言葉には敵わないっていうのか? 憎たらしい背中が、なんだかやたらと弱っちく見えた。俺は思わず、みょうじの元へと歩み寄る。


「なぁにしてんだクソガキ共」
「うわあ、クルクルお化けだ!」
「誰がクルクルお化けだコノヤロー!」


 にっげろー!なんて言いながら小学生共は走り去っていく。溜め息が漏れた。途端、沈黙になり、思い出した。そうだ、コッソリ後を尾行していたんだっけ。イキナリ出てきて、不自然、だよな。「あのよ」大した言い訳は思い付いていなかったが、とりあえずなにか言わないといけない。そう思った俺は話かけた。しかしそれと同時にみょうじは逃げるように駆け出した。


「あ、おいっ」


 バタバタ、バタバタ。暫くその音だけが聞こえていた。みょうじは足が速いのか、なかなか追い付かない。徐々に距離が縮まり、やっとの思いで肩を掴んだ。みょうじも俺も止まり、息を整える。


「オイみょうじ、」
「見ないで」


 斜め後ろから少しだけ見えている頬は、本当に林檎のようで、瞳は潤んでいた。


「なんだってそんなに気にすんだよ」
「は?」
「いいじゃねェかリンゴお化け。可愛いもんだろ。俺なんかクルクルお化けだぞ」
「別に、気にしてなんか…」
「嘘付けよ」


 無理矢理こちらを向かせ、グイッと親指で目尻の水滴を拭ってやった。すると水門が開かれたように、次々と雫が溢れ出てきて、びっくりしてる俺の胸に、みょうじが顔をうずめた。精一杯縫い付けた唇から、泣き声が漏れている。俺はゆっくりとみょうじの背に両手を回し、ポンポンと叩いた。毎回俺を痛めつけてた奴とは思えない程の、華奢な身体だった。少しして、泣きやんだみょうじは鼻をすすりながらつぶやいた。


「アンタには絶対見られたくなかった」
「まさか、見られたくないがために殴ってたってわけか」
「……うん」
「オイオイ」
「だって!…あたし、アンタを見ると、余計に真っ赤になるから」


 俺は目を丸くして、半歩下がった。一瞬だけ俺の目を見たみょうじは俯き、予告通り赤く頬を染めた。「それって、自惚れてもいいのか?」小さく頷くその姿を見て、全身に電撃が走った。



 誰が予測できただろう?
 見つけた弱点は、「俺」だなんて。



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