小説 | ナノ


 ある朝、珍しく銀ちゃんが先に起きてた。重たい瞼を開けて横を見ると、上半身を起こした銀ちゃんは呆然としていて、いつもと様子が違うように感じとれた。「銀ちゃん…?」私の声に肩を揺らし、ぎこちなく反応を見せた後、いつも通りの笑顔を向けてきた。「なんだよ起きてたのか、びっくりさせんなよな」その笑顔に隠されたものを聞く方法が見当たらなくて、だから、私は私のやり方で銀ちゃんを元気にしてあげよう。そう思った。


「ねえ、お祭行こう!」
「祭?」


 今日は地元のお祭。銀ちゃんは父さんの浴衣がちょうどぴったりで、私も久しぶりに浴衣を着てみた。くるりと一回転して「似合う?」と聞くと「馬子にも衣装」なんて小さく呟きやがるのでとりあえず弁慶も泣いちゃうところを下駄で蹴っといた。いざ繰り出したお祭は、もう結構な人たちで賑わっていた。このお祭は地元でも有名なもので、露店もかなり続いている。その光景を、銀ちゃんは眺めていた。


「不思議?」
「いや、俺んとこの祭と変わらねえなーと思ってよ」
「露店のスタイルは、昔とほとんど形を変えてないもんね。…って銀ちゃんの世界は昔でもなんでもないけど」
「おいおい、綿菓子じゃねェか!」
「え、ちょっと待っ、」


 急に目の色が変わり、綿菓子屋さん目掛けて走り出す背中を追いかける。勢いよく指で綿菓子を差しアピールしてくるので仕方なしに買った。お面、金魚すくい、射的。欲しいものややりたいものの前に来ると、口には出さないけど物欲しそうな目でずぅっと屋台を眺めている。私が「いいよ」と言ってお金を渡すとすぐさま屋台へ。服装のお陰でその場に馴染んではいるけど、大きな身体では小さな子たちの中じゃやっぱり目立っていた。そんなことをしているうちに、銀ちゃんの頭にはお面、両手には諸々で獲得した景品が抱えられ、私は堪えきれずに笑った。


「あん? なんだァ人の顔見て笑って」
「なんだか子供みたいで…」
「祭は楽しむモンだろうがよ。それに…」
「それに?」
「なんでだろうな。無性に楽しい」


 私はその言葉がすごく嬉しかった。じんわりと心臓から全身に広がって神経をくすぐった。きっと子供のとき、こうやってお祭に来れなかったんだろうな。銀ちゃんが楽しめたのならそれでよかった。今日はすごく良い日!

 その夜。銀ちゃんがくれた水風船のヨーヨーで遊んでいると、銀ちゃんが隣に来て、徐に私の頭を撫でた。わしゃわしゃと音が出る。「な、何」私の問いかけを無視して銀ちゃんは撫でつづける。「さ、坂田さーん?」暫くして両肩をガシッと掴まれた。思わず硬直する、私。


「お前はよく頑張ってる」
「…へ?」
「少なくとも、俺がここに来た当初より」
「え、え、?」
「その調子でマダオ脱出しろよ」
「なに急に…つうか私マダオじゃないし!」


 ははは、なんて笑いながら布団に入る銀ちゃん。いやいやなに笑いで誤魔化そうとしているんだ。ため息を吐きつつ、私も隣に入った。「おやすみ」ポンとまた1つ撫でられる。おやすみ、と言われるのは初めて、いや銀ちゃんがそんな改まって挨拶をしてくるのは初めてだった。今日はやたらと機嫌が良いみたい。お祭パワーかな? そんなことを考えながら私は微睡みに夢の世界へ引き込まれていった。


 そして翌朝、銀ちゃんは姿を消した。




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