小説 | ナノ




 登校時間。廊下から複数の笑い声が聞こえてくると、それはブン太が教室に近づいてきてる証。案の定、すぐにブン太は教室に顔を見せた。左右、そして後ろにまで友人がいて、更に教室にいた奴が吸い込まれるようにブン太に群がる。ブン太は鞄を置くなりそいつらと教室を出た。きっと購買でパンの予約をするとかそんな感じだろう。そしてその一部始終を教室の隅の隅から傍観していた俺となまえ。なまえは机に頬杖をついていて、俺は椅子に正常位のような体勢に跨り、なまえの机で頬杖をついてる。つまりお互い向き合いながら同じように頬杖をついて眺めていた。あぁ、正常位がわからない人は、調べてみんしゃい。後悔しても責任は問わないので悪しからず。
 ブン太はまるで台風みたいで、奴が過ぎ去った教室はがらんとしていた。静けさの漂うなか、なまえは一言つぶやいた。


「ブン太って可愛いよね」


 独り言なのか俺に向けての発言なのか、わからずに俺は口を結んだまま。だが充分に肯定できる事柄だった。大きなパッチリお目めに癖っ毛の髪、おまけに愛想がよくて先程見たようにクラスの人気者。それに弟がいるからなのか面倒見もよくて後輩ウケもいいとくる。そしてその全てが飾らない、そのままのアイツなわけだから、余計に好感を生んでいるというわけだ。


「中学生らしいあどけなさを持ち合わせながら、尚且つ生き方とか立ち位置とかも妙に上手やしのう。変にプライドなくて」
「雅治みたいに?」
「そう、俺みたいに」


 ふーん、なんて興味なさそうに空返事したなまえは、セーターのポケットから手のひらサイズのパックカフェオレを取り出し、ストローの袋を開けた。俺は鉛筆で机にブン太の似顔絵を描く。目をデカくしたら少女漫画みたいになった。なまえはそのブン太の周囲にハートを撒き散らす。「行かんでよかったんか?」俺が聞くと、間髪入れずに「どこに?」と返してくるなまえ。カフェオレを片手に、椅子を前後に揺らしながら。「ブン太んとこ」俺がまた返す。言葉のキャッチボール。俺が言うなら、言葉のラリーと言ったところか。少し間をあけて、なまえが打ち返してきた。「なんで?」「ずっとブン太見てたし」「それは雅治も一緒じゃん」テンポよくラリーが続く。ここで俺は手首を捻り、回転をかけた。「今日だけじゃなか」なまえは驚いているようだった。感じとれていたなまえの呼吸がほんの少し止まったように思えた。「それは雅治の方でしょ?」返ってきた言葉の思わぬイレギュラーバウンドに、俺は硬直。ボールは後ろへ抜けた。僅かに風が吹く。


「別にそんな遠回しに言わなくたっていいのに」


 呆けていたら、なまえのサーブが俺の足元を掠めた。「ブン太のとこ、行きたかったんでしょ」「よくブン太と居たがるもんね」「雅治さあ」俺の返球を待たず、怒涛のサーブラッシュは続いてく。「………何じゃ?」やっと足が動いた。地面ギリギリの球をフレームで辛うじて掬い上げる。弱々しく上昇するその打球。「ブン太のこと好きだよね?」なまえは、思い切りスマッシュを放った。静まり返るコート、いや、教室。脳内のラリーから現実に帰ってくると、目の前のなまえは椅子から立ち上がり、俺を見下ろしていた。


「あたしそれでもいいと思う。恋に性別は関係ないと思うし、応援してるよ」
「ちょ、ちょぉタイム!話、整理させてほしいんじゃけど」


 立ち上がって両手を前に出し、感情の高ぶったなまえの肩を掴んで椅子に座らせた。軽く息を吐き、俺も座り直した。「俺がいつそんなこと言うたんじゃ」根本的な本題を、ストレートに訊いてみた。「だっていつでもブン太のとこ行こうとするじゃん。昼休みとかさ」怒ってんのか悲しんでんのかわからん表情のなまえは、俯き加減でぼそりとつぶやく。「それはお前さんが『ブン太のとこ行く?』とか訊くからで」「雅治が毎回言うからじゃん」「俺はお前さんが毎回言うから行っとっただけじゃよ」………ん? ちょっと待て。なんだ、このいたちごっこ。


「でもいいよ。ホモでもなんでも雅治は雅治なんだし。ただ、叶わない恋だって改めて思うとやっぱりつらいし」
「だーかーらー、待てって言うとるじゃろ」


 勝手に泣き出したなまえの額にデコピンを喰らわした。そしてゆっくりとボールを上げる。「お互い、勘違いしとったみたいやのう」「お前さんがブン太のこと好いとると思っとった」「俺はブン太のことそういう目で見とらんし」「第一、俺、お前さんのことが好きやけ」一球放つごとになまえの表情が変わっていく。「え、だって、」「何度も言わせなさんな」戸惑いの表れたそのリターン。丁度良い高さだった。


「俺はなまえが好きじゃ」


 返球は…無くても、答えは読めている。真っ赤に染まった頬から。するとざわめきが廊下の向こうから聞こえてきた。「仁王、なまえ、購買のおばちゃんにパン貰ったんだ!食べよーぜぃ!」当然、なにもしらないブン太が屈託のない笑みを向けながらパンを持って駆け寄ってくる。「あれ、なまえ、顔真っ赤」「っるさい!」「!?」なまえの手のなかのパックが圧に負けてへしゃげる。わけがわからず子犬のように震えたブン太は、そのままジャッカルの元へ走っていく。俺はその背中に心のなかで謝るのだった。



/100928


「ジャッカルううう!なまえが怖ェ!魔王みたいな顔してカフェオレぶしゅってなって俺怖くて怖くて…パン美味い」
「とりあえず食べることをやめろ」



リクエスト:お互いに相手は違う人が好きだと思ってたのに、よくよく話してみたら両思いだった仁王ゆめ
- ナノ -