小説 | ナノ
地球は廻り、幾度目かの肌寒い季節を連れてきた。特に朝は冷える。ついこの前まで太陽は燃えるように熱くって、コンクリートで跳ね返る紫外線に灼き尽くされそうだったというのに。そんなことを考えながら歩いていると、いつもの後ろ姿が見えてきた。涼しそうで羨ましかったあの短髪も、今では少し寒そう。
「亮、おはよう」
「おう」
「いま、あそこの美人なお姉さん見てたでしょ」
「はっ!?み、見てねえよ!」
「ふふ、冗談だよ」
「…ったく。行くぞ」
彼は夏服へ移行する半月ほど前からすでに半袖シャツ一枚だった。(それでよく跡部くんに怒られてた。)今では上着にマフラーの重装備。マフラーはまだ早いんじゃない? そう聞くと、俺が寒かったら季節感なんて関係ねーよなんて言った。時々鼻をズルズルいわせて、両手はポケットに逃げ込ませているところから、風邪でも引いたのかなと予測してみる。
「部活も引退して、身体なまってるんじゃない?」
「そんなことねーよ」
「だって現役のときは風邪なんか引かなかったじゃん」
「…俺が風邪引いてること、なんで知ってんだ?」
見ればわかるよ、そう言おうとしたけど、口をつぐんだ。不思議そうに眉をしかめる亮が可笑しかったから。もうどれだけ一緒にいると思ってるの。わかるよ、仕草や行動、ひとつひとつで。ボソボソと「俺言ってない筈だし」「エスパー?」とか、頑張って推理してる亮の制服のポケットに、私は手を突っ込んだ。
「っ、なにしてんだよ」
「わ、亮の手冷たい」
「歩きづれぇ」
「そうだねー」
「そうだねじゃねえよ」
なんて言って、私の手は絶対振り払わない。なんだかんだで、握ってくれる。いつもは恥ずかしがってちっとも握ってくれないけど、このポケットのなかだとこっそり繋いでくれるんだ。私はそれを知っている。
亮の指が絡むとき、私は手のなかに潜めていたものを渡した。亮はそれに気づき、ポケットから手を出す。
「誕生日おめでとう」
「チョコかよ」
「文句あんの?」
「ないですないです」
「よろしい」
包み紙を開いてそれを口に入れた亮は、再びポケットに手を忍ばせ、何も言わずに私の手を握って歩き続ける。私も何も言わないで彼の隣を歩き続ける。彼はきっといつもの照れ隠しのため。私は、緩んだ頬を悟られないようにするため。
「あ、」
「ん?」
「ありがとよ」
急に立ち止まったかと思えば、こちらに振り向き、額にキス。ほんのりチョコの匂いがした。直ぐ様、前へ向き、私の手を引いてずんずん歩き出す。本当は口がよかったな、なんて思うけど、耳まで真っ赤な亮に免じて、いまは許してあげようと思う。
ねえ。これからもこのポケットに、たくさんの記憶と温もりを詰め込んでいこうね。ふたりで、ゆっくりと。
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少し早いけど誕生月おめでとう!