小説 | ナノ
ゆっくりと袖に手を通し、私は何度目かのため息を吐いた。ついに、今日は入学式。鏡に映る制服姿の私。まだ少し違和感があるけど、いつか当たり前になるんだなあ。そう考えると、私はまた大きく息をしたくなった。
「いつまでそうしとるんじゃ」
「あ、ごめんごめん」
喜びすぎじゃろ、と可笑しそうに雅治くんは笑った。雅治くんは2日程前から一足先に学校が始まっている。制服姿も見慣れてきた。私がまだここらへんの道に自信がないこともあり、中学と高校の校舎が隣同士なこともあって、暫く雅治くんが登校に付き添ってくれることになった。「初日から遅刻してもええんか?」悪戯に問いかけてくる。私は一応、携帯で時刻を確認する。だ、大丈夫。多分。
「じゃ、そろそろ行こっか」
「おん」
「あ、」
「…ん?」
雅治くんの背中を見て私は立ち止まり、机の引き出しを開けた。えーと、確かこのあたりに。雅治くんは不思議そうにこちらを見ている。「あ、あった」私が取り出したのは、ヘアゴム。私は雅治くんの背後に回り、少し背伸びをして、襟足を束ねた。突然のことで驚いているのか、雅治くんは大人しい。
「よし、できた」
「括ったんか?」
「うん、ちょっと長かったから」
「似合うよ」そう笑ったら、「ニヤニヤしなさんな」と小突かれた。頬がほんのり赤くなってたのは、見間違いかな。玄関に向かう雅治くんを追い掛ける。「嫌なら解いていいよ?」靴の中に足を滑り込ませ鞄を肩へ掛けた雅治くんは「涼しくて丁度ええ」とつぶやいてドアを開けた。緩む口元をこらえて、私も部屋を出た。新しい風の匂いが、した。
隣で桜が笑ってる
(歩くたびに揺れる後ろ髪、可愛いなあ)
(…置いて行こうかの)
(あ、待ってよっ)
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