小説 | ナノ
9月1日、放課後。あたしはいま、蒸し暑い教室で机に向かっている。敵は居残りプリント、掛ける3枚。そもそもの原因は、数学の抜き打ちテストで見事最下位をとってしまったから。なにが楽しくて、登校初日からテストをするの。先生が鬼畜にしか見えない。あたしを苦しめて楽しんでるんだ。絶対そうだー。
「手、止まってるぞ」
「あたし、数字見ると脳みそ固まる病なんだよね」
「言いたいことはそれだけか?」
「蓮二が冷たいー」
抜き打ちテスト一位だった蓮二は、あたしのコーチに選ばれた。あぁ可哀相に。頭が良すぎてもいいことだけじゃないんだね。あたしまたひとつ悟った。って、蓮二を巻き込んだ張本人があたしのだけれど。だって先生が悪い。よりにもよって数学の抜き打ちテストなんて、あたしをピンポイントで爆撃してるようなものだよ。
「雨が降る」
残暑の日差しが容赦なく照りつける世界を眺めながら、あたしの前に座る柳蓮二くん15歳が突然呟いた。慌てて視認してみたけど、窓から見えた空は晴れ晴れとしていて雨が降るような予兆も感じることはなく。蓮二やっぱ目が見えてないんじゃないか、と疑わざるをえない状況に。
「そんな冗談いいからさ、この問題の答えを教えてよ」
「答えは駄目だ。解き方なら教えてあげよう」
こういう律儀なところとか、中一から全く変わってない。数式という暗号に苦戦するあたしの前に、スッと現れて答えを導いてくれた蓮二。それからというもの、こうしてちょくちょくお世話になってたりする。蓮二はすっかり背がのびて、当初の出で立ちとはかなり変わった。プリントの要点を指し示す指は長く、声も低くなった。あたしは今でも馬鹿で成長できてない。……ハァ。
「どうした、ため息など」
「いや、あたし中一から全然変わってないなあと思って」
「そうだな」
「うわ、ストレートな返事」
「いいんじゃないか。お前はお前なのだから」
「それフォローのつもり?」
「さぁ、土砂降りになる前に仕上げるぞ」
だから晴天だってば。と思いながらも、いい加減数字と睨めっこするのも疲れてきたので、蓮二の提案を潔く呑み込んだ。
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「終わった!」
「よく出来ました」
と言いながら、蓮二はあたしの頭を撫でる。子供扱いはやめてよ、と文句を心で訴えるけど、悪い気分ではないと思うあたしはやはり子供らしく。反論できないまま俯き、ペンケースとプリントを鞄のなかへ押し込めた。
「ありがとう蓮二、助かったよ〜」
「あぁ」
教室をあとにし、階段を降り、靴を履き替えて立ち止まる。あたしは振り返り、逐一付いて来る背後の蓮二を見上げた。何食わぬ顔であたしを見る蓮二。
「あのー、蓮二くん」
「なんだ?」
「なんであたしに付いて来るの?部活は?」
「見ろ」
「―――え?」
蓮二の指先を辿って昇降口から眺めた外の世界。微かにだけど音がした。ぽつり、ぽつり。その音は段々とハッキリとして、確実にあたしの鼓膜に届くようになった。視覚でも充分にわかる。
「あ、雨……」
「さあ帰ろう。これからもっとひどくなるぞ。この分じゃ部活も中断になるだろう」
あらかじめ持ち合わせていた傘を開き、蓮二は一歩踏み出した。水滴が次々と傘に弾かれていく。エスパー人間? 巧みなペテン? 大きめの傘なのは、あたしを入れると予測してのこと?
「俺の言葉通りに事が運ばれることがそんなに不可思議か?」
「あ、当たり前でしょ!だってあんなに晴れてたのに」
「俺のデータに狂いはない。俺は今からお前に問う。傘に入るか否か。そしてお前は言う。『仕方ないから入ってあげる』、と」
「…っ!」
傘から少しだけ見える蓮二の表情。「違うか?」とうっすら微笑むその顔が、あまりにも格好よくて。狡い。参謀、恐るべし。
「馬鹿!」
「殴る必要性がわからない」
「もっとそっち寄って!濡れちゃう!」
「こら、くっ付きすぎると…」
「すぎると…何よ」
「さて、どうしてほしい?」
「!! 変態!」
夕立、策略、
そして君に 恍惚
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