小説 | ナノ


 いま俺は駅前に突っ立っている。歩いてたどり着く距離ではあるが、最寄りではないしここまで来た経緯も不明なことからして、俺はこの世界が夢だと予想する。その証拠に、この俺様が立ち呆けているというのに誰の一人も逆ナンしてこない。まあ冗談はよしとして。
 その駅前には小さいのではあるが花時計があり、それを中心に人は待ち合わせをするのが常だった。結構な人数が花時計の周辺に立っているなかで、その人混みに俺は俺を見つけた。街灯の鉄柱を背もたれにし、俺がかなり以前に読み切った経済誌に視線を落としている。

「ごめん、待った?」
「あぁ、待ったな」
「うぅ……」
「で、今日行きたいっつってた店はどこなんだ」
「そう!あそこはとってもショコラが美味しいの…――」

 駅の階段を駆け降り、俺に走り寄っていったそいつは、私服でめかしこんでいるが最近やたらつきまとうあの女だ。なんであいつが俺と? 俺と女は寄り添うように腕を組み歩き出した。とりあえず、尾行してみるか。
 どこからか鈴の音がした。周りを見れば、街路樹には小さいライトがちりばめられ、サンタの格好をしたアルバイトがティッシュ配りをしている。なんだ、クリスマスが近いのか。状況設定まで綿密な夢だ。

「よかった、まだ売り切れてなくって」
「俺様は運が良いからな」
「ふふ、今日はそういうことにしといてあげる」

 ケーキ屋から女が出てきた。よく見れば、そのケーキ屋は俺も気に入っている店だ。安っぽいのに、何故だか憎めない味なのだ。そして暫く歩いたあと、女は突然「あ!」と立ち止まった。

「やばい、肝心なもの忘れてた」
「肝心なもの?」
「ちょっともう一度ケーキ屋さんに行ってくる。景吾これ持ってて」
「あ、おいっ」

 箱を押し付けるように俺に渡し、女は元来た道を走って行く。「すぐ戻るから」と笑顔で残して。どうして、どうしてだ。小さく見えなくなっていくあいつの背中はとてつもなく寒気を覚える。


キキーーッ
ガシャアアァン



 悪寒は、見事に的中した。女の待つ横断歩道にトラックが突っ込み、周辺にいた何もかも諸共、角に立つブティックへと突撃し、停止した。飛び散るガラスの欠片。トラックから舞い上がる煙。悲鳴。ざわめき。

「……なまえ、?」


 俺の後ろにいるもう一人の俺がつぶやくように呼んだその名前。振り向くと、もう俺は居なかった。周りが街から暗闇に変わっていた。四方八方、奥行きも掴めない真っ暗闇に。そして、俺のなかに次から次へと流れ込む記憶。そう、元々はあんなチンケなショコラは好きじゃなかった。あいつが、なまえが、好きだったから。あいつの残したショコラだったから…。


「思い出したんだね。…ごめんね急にあんなことになって。でも、私もう一度だけ景吾に会いたくて」


 目の前に、なまえがいた。制服姿の、俺が最近よく見ていた女の方。俺は歩み寄ろうとする。なのに足が動かない。


「景吾が私を思い出したら、さよならしなくちゃいけない。それが、神さまとの約束だから」
「っざけん、な、!」
「景吾、いままでありがとう。景吾らしく生きてね、誰かを愛すること、愛される喜びを、忘れないでね」


 なんでお前が泣くんだよ。
 闇に溶けていく輪郭。手を伸ばせど届かない。遠く遠くなってゆく。待って、待ってくれ。俺はまだ、お前に何も言えていないじゃないか。自分だけいい格好してんじゃねーよ。俺の話も聞いていけよ。
 俺に二度、恋をさせて、二度も失恋させるのは、世界中にお前だけだ。そんな言葉が、空気に霧散した。




「なまえ…っ」


 やけに眩しい。窓の外からの朝陽が部屋中に溢れかえっている。鳥の囀りが遠くから聞き取れる。朝、か…。


「景吾様、朝食の支度が整っております」
「あぁ、すぐ行く」


 ドアの向こうからメイドの声。俺は立ち上がり、ポールハンガーに掛けてあった制服を手に取る。



 そういえばなにか夢を見ていたような。まあ、いいか……。


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