小説 | ナノ


 屋上の西側。それは俺の特等席だった。ちょうど出入り口の反対側に位置し、人も少なく風通りもよい。気分を変えたいときはここを訪れるようにしていた。が、今日は違った。誰かが居る。髪とスカートが風になびいている。俺は構わずフェンスに向かう。ここで帰ると、こいつに負けたみたいで嫌だった。そう、くだらないプライドだった。

「どけ、ここは俺の場所だ」
「生徒会長がサボっていいのかなぁ〜」

 そいつは俺の頬を指で差して笑う。苛つかせる奴だ。お前もサボりだろうが。言おうとして、やめた。相手にすると馬鹿を見るのだ、こういうときは。しばらくそのまま会話の無い時間が続いた。俺はフェンスにもたれて流れる雲を眺めている。隣の女は街をずっと見ている。しばらくして、チャイムが鳴った。

「おいお前、戻らなくて……」

 女は、居なかった。



 それからというもの、屋上に行けば女は現れるようになった。どこからともなく。気づけば、隣に居た。風のように現れるこいつをもう、俺は深く追及しないことにした。こいつなんかのために使う脳細胞など、有りはしない。

「なーに読んでるの」
「……落ちても知らねえぞ」
「わぉ、経済学!?景吾は相変わらずだねぇ」
「お前、なんで俺の名前、」


 女は登っていたフェンスから屋上へと飛び降りた。たん、と身軽に着地し、俺の横に座る。

「夢は、やっぱりお父さんを継いで、IT会社の社長サン?」
「……」
「それでいいの?後悔しない?」
「…俺に拒否権などは無い」
「天下の坊ちゃんが弱気だね」
「うるせぇな!!」

 言ったあと、ハッとなる。俺はこんな他人の言葉に、何をムキになっているんだ。家業を継ぐ、それの何が悪い? 幼いときからずっと言われ続けてきたことだ。期待には応えなければいけない。
 女は、俺に怒鳴られたというのに、終始笑っていた。嘲笑いでもなく、苦笑いでもなく、心から嬉しいという笑顔だった。
 ……もしかしたら、こいつはかなり変な奴なのかもしれない。いや、今更か。もう相手にしないことにしよう。この俺が、他人のペースに乗せられるなんて、どうかしてる。

「けーいご」
「……」
「後悔しない人生、送らなきゃダメだよ」
「……」
「これ、置いとくね」

 女が俺の隣にそっと残した小さな白い箱。それは、俺の好きな店のショコラだった。

「どうしてこれを…」


 俺がつぶやくときにはすでに女の姿は見あたらず、遠くから「ホワイトデー3倍返しね〜!」と聞こえた。

「ハッ、ふざけたこと抜かすな」

 俺は何故だか気分が良く、笑っていた。


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