小説 | ナノ


 僕は一昔前ヨーロッパ中を騒がせた高機能ロボット、だった。そう、過去形だ。今やその栄華も埃を被って誰にもて囃されるわけでもない。時間は流れて、人は変わっていく。僕も、その流行の1つに過ぎなかった。悲しむことはない。何故なら、その機能は僕に搭載されてはいないから。
 僕を製作した人は嘆いていた。なんとか、僕を誰かの心に残そうとした。そうして、僕の心臓であるチップは人形に埋め込まれ、売り出されるようになった。『会話のできる人形』として、僕は再び一躍脚光を浴びる存在となった。だが僕は予測できた。これは流行だ、と。やがて僕の予感は的中した。誰も僕を見なくなった。『人形が喋るなど、気味が悪い』と言われる始末。周りは僕を敬遠し始める。ある、1人を除いて。

 あれは雨の日だった。19人目の僕の貰い手・キャシーが僕をゴミ捨て場に放り込んだ日。左手は無かった。たしか、キャシーの猫が僕を玩具にしていたときに取れたんだと思う。
 僕は、僕の最大の売りである『会話機能』を、そのときすでに失っていた。何人目の主人のときだったか。理由はなんだったか。ジュースをかけられたとき、車の下敷きになったとき、チップの一部がライターで燃やされたとき……。思い当たる節は幾つかあるものの、どれかは定かではない。つまり、僕はただの人形に成り下がり、なんの意味も持たないガラクタと化していた。雨が内部へ染み込んでいく。そんなときだった。僕を拾い上げたその人が、20人目の貰い手・なまえだった。

 それからなまえとの生活が始まった。洗濯機に入れられたときは故障するかと思った。薄汚れていた生地はすっかり白くなって、あたらしいリボンと、左手が付いていた。こういうときは、感謝の言葉と挨拶だ。『ありがとう。君の名前は?』だが、やはり会話機能は作動しない。ぎこちなく、身体が振動するのみだ。
 なまえは僕を『アレン』と呼んだ。離ればなれになっている恋人のことらしい。なまえは毎日、僕に話しかける。ときには僕を『アレン』として、またときには『アレン』への思いを語る吐け口として。『アレン』の話をするときのなまえは、とてもやわらかい笑顔を見せた。『アレン』のことが好きだからなのだろう。でも今日は違った。なまえは泣いている。僕の方も見ない。テーブルに伏せて、ずっとずっと泣いている。

『アレン』

 泣き声まじりに、時々なまえはそうつぶやいた。何度も何度も、つぶやいた。でもそれは僕へじゃない。世界のどこかにいる本物の『アレン』への声だった。「さみしいよ」となまえは言った。でも、僕にその言葉は理解できなかった。データベースに該当する言葉がなかった。話もできない。言葉もわからない。僕は本当に出来損ないになってしまったようだ。
 そして、僕は気付いた。僕の視覚を繋ぐビーズでできた右目から、なにやら液体が流れていることに。僕はその事態に対応できない。こんなバグは初めてだ。『なまえ』僕のチップが激しく繰り返す、なまえを呼ぶ信号。声帯マイクまで届かず、身体がガクガク震える。バイブレーションは止まらず、僕の身体は少しずつ動いて、やがて棚から落っこちた。
 僕のボディを、なまえが拾う。そして思い切り抱きしめた。『アレン、アレン、アレン』何度も呼んでいる。でも、きっと、僕じゃない。僕は、どうすればいいのかわからない。あぁ、こんなバグは、初めてだ。



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