あなたは仇 後編(完結)


前回訪れた日からだいぶ間があいてしまったが、久しぶりに時間が取れたので、ヴィルフリートはカトリンを訪ねた。
だが、カトリンの家に、珍しく明りが灯っている。いつもは暗くて、一見誰もいないような佇まいなのに。
不思議に思いながら、いつも鍵のかかっていない扉を開けてみる。
すると、驚いたことに、カトリンが立ったまま、こちらを見つめている。喪服のような黒いドレスに身を包んで。
「どう…したんだい?今日は、何かあるの?」
「あなたを待っていたのよ。ずっとね。今夜当たり来るかしらと、ずっと待ってた」
久しぶりに聴いたカトリンの声は、大人っぽくて美しい声だった。こんなふうに喋る子だったのかということも忘れていたヴィルフリートは、頬が紅潮するのをおさえられなかった。
「僕を待っていてくれただなんて……。嬉しいよ……。今日は、なにをするんだい?」
「母が、死んだわ」
ヴィルフリートは言葉を失った。
「葬式をするお金もないから、簡単に埋葬するしか出来なかった。母は最期の時まで……あなたを呪っていたわ」
「父もなくした。母もなくした。親しかった村の人たちもなくした。私たちの民族は自由も奪われた。私、もう何も失う物がないわ」
「だから……仇を討つしかないと思ったの」
そのとき、ランプの影と喪服の闇に隠れて見えなかった銀色に光る物が見えた。鋭利で大振りのナイフだった。
「僕を……殺すのか」
「ええ、あなたは殺しても殺しても殺しきれないほど憎い。父の、母の、村の、国の、仇……!」
ヴィルフリートは死を覚悟して目を瞑った。だが、しばらく待ってみても、彼女は刺しにこない。ゆっくりと薄目を開けると、彼女は笑っていた。
「でもね、考えてみたのよ。あなたは殺したいけど、それじゃ、何もかも失った私が一人置いてかれるだけ。そんな残りの人生、何の意味もないわ。だから、もっと効果的な復讐を考えたの」
そう言うと、彼女は自分の左腕にナイフを突き刺した。そして横に引いて、深い切り傷を作った。
「な、なにをするんだカトリン!!」
「うふふ。あなた、私を愛しているんでしょう?どう?愛しい人を目の前で奪われる気持ちは?あなたの愛する人が、あなたの愛する人の手に依って、惨たらしく奪われるのはどんな気持ちよ!!!」
カトリンはなおも身体を切り刻んだ。美しかった肌が、顔が、ボロボロに刻まれ紅く染まってゆく。
「やめろーー!!」ヴィルフリートは彼女の手からナイフを奪おうとした。しかし彼女は激しく抵抗し、ナイフを離そうとしない。暴れながらもなおも身体を傷つけ続ける。
「あはははは、無駄よ。私は本気。あなたの苦痛に歪む顔最高に気分がいいわ!」
「こんなことしてなんになる。君が痛いだけじゃないか。どうかしている」
「うるさいわね!離しなさい!私の頭が狂ったのなんて今に始まったことじゃないわよ!あなたの所為なんだからね!」
「黙ってみてなさい!これが私のあなたへの復讐。これで全てチャラにしてあげるわ。愛しい人が愛しい人の手で殺されるのをただ見てるだけ、大切なものを奪われる悲しみを思い知ること、それがあなたの贖罪よ」
彼にとって一番痛いところを突かれ、仕方なく彼は彼女から手を離し、床に片膝をついて手を組んだ。
カトリンは高笑いを上げながら身体中を切り刻んだ。
「ほら、もっと泣きわめきなさいよ。苦しいでしょう?……私は本気よ」
ヴィルフリートがあまり表情を動かさないのを見ると、カトリンの心に火が付いた。ふっと息を吸い込んで、ひと思いに腹にナイフを突き刺した。
「あっ……!」
ヴィルフリートは動揺した。単なる自傷行為なら死にはしない。気が済むまでやってくれればいいだろう。疲れて倒れたら医者に運べばいい。そう思って耐えていたが。これは致命傷である。
「止めるんだカトリン。それ以上は……もういいじゃないか」
ヴィルフリートは羽交い締めにすると、手のナイフをもぎ取ろうとした。しかしカトリンはナイフが掴まれないよう振り回した隙に、再び三たび、ナイフを腹に突き刺した。自棄になってザクザクと刺し続けた。
「やめろおおおお〜〜〜〜!!!!君の気持ちは分かった。何物にも堪え難い復讐だった。だからもういい。もうやめてくれ!!!」
ふっ、と、彼女の手からナイフが落ち、床に突き刺さった。そして彼女も力無くくずおれた。倒れる身体を背中から支え、ヴィルフリートは抱きしめた。
「今ならまだ間に合う。医者に行こう。君の気持ちはよくわかった。苦しいよ、辛いよ。だからもう、もう許してくれ」
「無駄よ……私は死ぬわ。死ぬつもりでやったのだもの」
「ちょっと待ってておくれ。おい!医者の所へ!御者、手伝ってくれ!」
彼が大声で呼ばると、馬車の御者が家に入ってきて、彼女を抱えて馬車へ運んだ。
「なるべく早く近くの医者へ!手術をしてくれるのは隣町か……早く!」
御者は馬に鞭をいれ、猛スピードで馬車を走らせた。
馬車の中で、カトリンは吐息のような声でなおもヴィルフリートを煽った。
「ふふ……あなたの悲鳴、気味がよかったわ……やはり一番効果的だったのね……」
「気が済んだか?自分を切り刻んで、僕の心を切り刻んで、気が済んだか?」
「ええ、いい気分よ……あなたに看取られて死ねるなんて、幸せだわ………」
「僕は最悪な気分だ。絶対に君を死なせはしない。絶対に君を許さない」
「私はあなたを憎み続けた……殺したいほど、憎んで………死にたいほど………愛してた……」
「愛……してた……?」
ヴィルフリートは驚愕した。彼女には憎しみしかないと思っていたのに。いつ?いつ、僕を愛す隙があったのだろう。
「愛してたわ……幼い頃の想い出……忘れてない……。今も私を愛してくれてるあなたを、激しく憎んで激しく………あ……愛してた……」
「カトリン……!ならば、なぜ……!」
「憎きあなたを愛してしまうことが死にたいくらい辛かった……だから私は死ぬことで、全てを解決出来ると……」
「馬鹿だ……君は……残酷だ………」
ヴィルフリートも、カトリンも、溢れこぼれる涙に顔中を濡らして、最期の口づけをかわした。互いの呼吸を奪いあうかのように、激しく舌を絡めた。やがてカトリンの唇は動きを止め、彼女の身体から少しずつ体温が失われていった。
「ヴィルフリート様、病院に着きました。早く!」
しかしその頃には、カトリンは抜け殻になっていた。

美しいカトリンの血に染まり、美しい亡骸を抱きしめて、ヴィルフリートはやり場のない憎しみをどこにぶつけるべきか葛藤していた。
そして、彼の心は漆黒の闇に堕ちていった。

後日、ヴィルフリートはヴィシニアの王族を女子供構わず根絶やしにした。
王族に忠実な保守派の家臣達も片っ端から斬り殺し、反王族派の人間を集めて、彼は初代皇帝を名乗った。
人を人とも思わないような暴君となった彼は恐怖政治を行い、人々から畏怖されたが、生涯妃も側室も迎えることはなかったという。
しかしその皇帝も晩年何者かに暗殺され、ヴィシニアという国家は崩壊することとなる。





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鬱話ですみませーーん!!谷山浩子さんの歌を聴いてたらこういう愛憎劇しか思いつかなくて……。自傷するシーンめっちゃ楽しかった!もっと切り刻みたかった!!
読んでいただけたかたどうだったでしょう?嫌な気分でしたよね……?すみません……。お読みいただきありがとうございました。俺は書いてスッキリしました!


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