あなたは仇 前編


注!このお話は谷山浩子さんの『仇』という歌から発想を得て誕生したオリジナル小説です。
鬱展開、グロ、救いのないラストという、ひたすら暗いお話なので、ジャンヌダルクの映画を平気で見れる暗い耐性のある方だけお読みください。
あとで文句を言われてもこちらとしてはどうしようもないので自己責任でお願いします。


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国境沿いの深い森のある村に、少年と少女がいた。
少年の名はヴィルフリート。琥珀色の髪に琥珀色の瞳をした、そばかすだらけの少年だった。少女の名はカトリン。新緑のような瞳、淡い金色の巻き毛を腰まで伸ばした、林檎のような赤い頬の可愛らしい少女だった。
二人は幼なじみで、大人達の目を盗んでは森の中で遊んでいた。危険な森は彼らの秘密基地。暗くなるまで遊んでは大人達を心配させ、こっぴどく叱られるが、二人は森で遊ぶのをやめない。
いつしか二人は恋に落ちた。幼い恋だったが、二人は将来を誓い合い、触れるだけのキスを交わした。
この国がなんという名の国で、自分達がなんという民族なのか、そんなことなど考えもしなかった幼い二人は、このまま平和に大人になるのだと思っていた。
だが、ある日少年は遠くの街に引っ越すことになる。大人の事情らしい。少年と少女は別れの日、いつか必ずまた出会って結婚するのだと誓い合った。

それから数年が経った。少女はすっかり大人になり、この世の仕組みも理解するようになった。幼い頃の初恋など、淡い思い出として消えかけていた。
平和な日常の中で、ある日、隣国と自国が戦争をするのだという噂を聞いた。
この村は隣国との国境の村。敵国の作戦の動向を伺う、心休まる時のない日々が始まった。
カトリンの家にも、戦火は降り掛かってきた。父親が徴兵されたのである。
「必ず生きて帰ってくるから」
そう言って父はカトリンと妻を抱きしめた。作戦では首都に向かわず、国境沿いの陣にそのまま配属されるということだった。状況は非常に緊迫していた。そして数日もしないうちに、村は夜襲をかけられた。

村の皆が寝静まった頃、遠くでおびただしいほどの馬の蹄の鳴り響く音。
母子で寝静まっていた家の戸口を村の者が叩いた。何事かと母は起き上がり、玄関の戸を開けた。
「ヴィシニアの軍がせめて来た。森の中を通ってきたようだ。急いで村から出るか、でなければ家の中に隠れて物音を立てるな」
俺は逃げる。と、村人は走り去っていった。
母と娘は村の外まで逃げ切れる自信がなかった。敵軍はもう村の目の前まで攻めて来たのだ。悲鳴を上げて逃げ惑う人々の声を聞きながら、母は娘を抱きしめ部屋の隅で息をひそめた。
「大丈夫よ……。こんなあばら屋、誰も荒らしたりしないわ」
「お母さん……」
まもなく、蹄の音と、物を破壊する音、悲鳴、怒号、物が燃える臭いで村は混沌に包まれた。すぐ壁一枚隔てた外を、何人もの人が走ってゆく。足音が通り過ぎるたび、二人は身を硬くした。
隣の家が、破壊された。物を荒らすけたたましい音の後、家が燃やされた煙が部屋まで入って来た。
そしてついにカトリンの家の戸が開け放たれた。何者かが家の中を歩き回っている。松明の火が迫ってくる。
ついに二人が息をひそめていた部屋の中に、敵国の兵士が入り込んで来た。母子はもはやこれまで、と死を覚悟した。しかし兵士はじっとこちらの様子を伺っている。そして
「…………まさか……おばさん……?カト……リン……?」
と、青年は呟いた。名を呼ばれた二人はおそるおそる顔を上げた。松明の薄明かりに照らされたその顔に、昔見慣れた面影を感じた。
「ヴィル……フリート……です……。ああ、やはり、ここは……あの村だったんだ……」
「ヴィル……?あなた、ヴィルなの……?どうして……」
外を走る足音がして、ヴィルフリートは、しっ、と二人を静止した。そして声を潜め、
「絶対に朝まで声を上げないで。ここに隠れていて下さい。朝がくる頃には兵は引き上げます」
そう言って、家から立ち去った。家の外で、彼の声が何か喋っていたが、外国の言葉なのか、意味は聞き取れなかった。
何時間が過ぎただろう。空が白み始め、日が高くなる頃には、外はすっかり静かになっていた。
カトリンはおそるおそる窓の外に顔を出してみた。そこに広がっていたのは、凄惨な焼け野原だけだった。

カトリンは一歩一歩、足音を忍ばせながら家の外に出てみた。どうやら敵はすっかりいなくなっているようだ。
朽ちた家々を一件一件まわる。逃げ遅れて倒れている死体、焼けこげて転がる死体、目を覆いたくなるような惨状であった。
奇跡的に生き残ったのは自分たちを除いてもほんの数人。生き残った村人達はお互い抱き合ってむせび泣いた。
カトリンは夕べのことを思い出す。
幼い頃、淡い恋心を抱いていた少年は、眉目秀麗な青年の顔をして敵国の鎧に身を包んでいた。よく見えなかったが、帯剣していたようだった。あの剣で、村人を殺したのだろうか。あの松明で、村を焼き払ったのだろうか。聞いたこともない響きの言葉を話していた。彼はいつの間に変わってしまったのだろう。そして、幼い頃慣れ親しんだこの村を、どうして忘れてしまったのだろう。
娘はあまりにも惨い運命の巡り会わせにただただ涙がこぼれた。だが、彼女を本当に悲しませたのは、このあとの知らせだった。
父が、帰ってこなかったのである。
遠くの街まで買い物にでた母の耳に、父が配属された部隊が全滅したとの知らせが入ったのだ。
帰ってくるなり泣き崩れる母を抱きしめ、カトリンの心に憎悪が生まれた。
ヴィシニアは村の仇、国の仇、父の仇、そして憎きヴィシニアの犬に成り下がったヴィルフリートは、仇であると。
その日から母は気が狂い、ヴィシニアに対する憎しみしか口にしなくなった。愛する夫を奪ったヴィシニアを呪い、ヴィルフリートの一家をまるで昔から憎かったかのように罵った。彼ら一家が村を去ったのはこの国を滅ぼす為、そう思い込んで、たまに発狂して暴れ狂った。
狂ってまともに働けなくなった母を支え、カトリンの憎悪も日増しに強くなっていく。風の噂にヴィルフリートが武勲を立てて昇進したと思われる話を聞いた。
何年も何年も戦争は続き、とうとう母国のルトヴィアは敗戦し、ヴィシニアに併合された。

母は胸を患い病の床に臥せった。相変わらず呪詛の言葉を呟いている。カトリンは介護に疲れ、リビングの椅子に座りうなだれていた。
すると、こんな夜更けに玄関の戸を叩く者がいる。
怠い身体を押して戸を開けてみると、そこに立っていたのは憎きヴィルフリートだった。その顔を認めるとカトリンは数歩後ずさった。ヴィルフリートはあのとき見た姿とは比べ物にならないくらい豪奢な服に身を包んでいた。胸にはギラギラと沢山の勲章。そばかすだらけだったはずのあどけない顔は、年を経て端正で美しくなっていた。
きっ、と、憎悪を込めて睨むと、カトリンは椅子に腰掛け、顔を背けた。
「カトリン……久しぶりだね……」
カトリンは答えない。
「どうしても伝えたいことがあって、来たんだ………」
「………」
「僕は、ヴィシニアの騎士になった。貴族の端くれに上げてもらったのさ。何不自由なく暮らしてる……」
「………」
「幼い頃の約束、覚えてる?だからその………僕と……」
彼の言葉を遮りカトリンは立ち上がった。
「帰って」
「え……?」
「顔もみたくないわ。二度と来ないで頂戴」
そう言うと彼の背中を押して無理矢理玄関から閉め出した。後ろ手に鍵をかける。
ヴィルフリートは掌で扉を叩き、カトリンの名を呼び続けた。だが、彼女の取りつく島もない態度に彼は何かを感じ取り、扉を叩くのをやめ、「これだけは言わせて欲しい」と、扉の向こうへ声をかけた。
「カトリン……愛してる……」
そういうと、彼はおとなしくきびすを返した。
カトリンの耳には、とても薄っぺらい言葉のように聞こえた。
「あなたは仇。今更なんだというの?何を求めてるの?なんでも欲しい物は手に入ったんでしょう?愛してる?どの口が言うのかしら」
部屋の奥で母の呻き声が聞こえたので様子を見に行くと、母は、「誰が来たんだい?」と弱々しく訊いた。
「気にすることはないわ。新政府の犬の見回りよ」


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