Our infinite struggle


  ――また今夜も、月の無い夜が来るか……



朝日に掻き消されるように、細く薄く欠けてゆく月を、レムオンは憎々しげに見上げていた………



――その日の夕暮れ。
宿の一室に臥せっていたレムオンは、全身を蝕む吸血衝動と葛藤していた。
 …新月の発作だ。


 ……ぐおぉぉぉ……ぅああぁ……っはあ、…あ…あ…っあがあああ!!!


いつもなら、新月の夜は野宿をしていた方が大分気が楽なのだが…食料の補充や冒険者としての依頼の関係で、今夜は街の宿に宿泊せざるをえなかった。
無論、スピカに要らぬ心配はかけまいと、そんな我侭は黙っていたのだが。

月神セリューンの眷属・ダルケニス族は、自然の中で生活し、自然の精気を糧として生きている。
新月の夜は自然の中に身を置くことが一番、自分にとっても人間達にとってもいい事なのだが…

否応無しに歪められる自我。
無意識に吸収してしまう、街の人間達の精気。その中に混ざった、人々の様々な感情、思考、記憶…。
自然の草木や動物達には無い、人間特有の醜い不純物が、ダルケニスには、いや、レムオンにとっては一番厄介なものであった。

「スピカ………」

枕に頭を押し付け、呟くのは唯一心を許した愛しの少女の名。


(なんでもいい、帰って来てくれ…側にいてくれ…俺はもう、お前以外の精神を取り込みたく無い……!!)

その時。


 ――コンコン。ガチャ。

「レムオン?ただいま。なんだ、具合悪いのかい?」




   ス  ピ  カ !



次の瞬間には、無意識に胸に掻き抱いていた。最愛の、ずっと待っていた少女を。
「ど、どうしたの?やっぱり、具合悪いのかい?」
スピカはうろたえ、買い物袋を取り落としてしまった。
膝に足に、強かぶつかって床に散乱する食料。
しかし、彼には、そんなものよりもスピカの存在が重要だった。

「……すまん……しばらく、こうしていてくれ」

「……うん……」


この命が続く限り、月が満ち欠けする度に、永遠にこの苦しみは続く。ダルケニスである限り。
人の中で生活する限り、この苦しみに悩まされる。
しかし、たとえほんの数十年の間でも、無限のソウルに支えられていれば、レムオンは永い永いこの一生を耐え生き抜けるだろう。

窓から差し込む斜陽が室内を血のように朱く染めた。

今夜も苦悶の夜がやってくる。

END.

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