Genge 大陸北部のテラネではまだ雪がちらついているが、大陸南部に位置するここロストールでは、一足先に春が訪れていた。 農業の町ノーブルでも、そろそろ畑に種を蒔く準備が始まり、農民達は農具の手入れや堆肥撒きなど忙しない日々を送っていた。 そんな、春の草花がちらほら咲き始めた農閑期の畑に訪れるものがいた。かつてその畑の持ち主だったノーブル伯のスピカと、元領主のレムオンだ。 彼女が畑を捨ててもう四年が経つ。 四年前のあの日、もうすぐ刈り入れという時期に代官のボルボラに畑を荒らされ、我慢に耐えかねて反乱を起こし、あれよあれよという間に村から出ることになり、ほったらかしになってしまった彼女の畑。四年ぶりに見る畑は、ちゃんと麦が刈られ、耕された跡があった。 彼女は、もっと荒れているのかと覚悟していた。だが畑は、他の畑同様に、小さな草花が初春の暖かな日差しを受けて咲き誇っている。 誰が手入れをしてくれたのだろう。 今、誰の畑になっているのだろう。 毎年生活のすべてを農業に費やしてきたスピカは、まるで友達を失ってしまったかのような寂しさを感じた。 二人は畑の中に踏み入り、小さな草花を見て歩くと、その中に見慣れた草花を見つけた。 「あっ!あの花は!」 スピカは思わず駆け寄り、その小さなピンク色の草花を一輪手折ってレムオンに掲げて見せた。 「見ておくれレムオン!この花が咲いていたよ!」 しかし貴族のレムオンには、名もない雑草にしかみえない。 「その花がどうかしたのか?」 首を捻りながらスピカの元へ歩み寄るレムオン。 何か、特別な花言葉でもあるのだろうか? 「知らないのかい?……んまあ、知らないだろうねぇ。この花が咲く畑はね、その年豊作になるっていう言い伝えがある花なんだ。……そうか、今年もこの畑は安泰だね」 そう言うとスピカは嬉しそうに目を細め、愛しい畑を見渡した。 農業をするものにしか分からない知識が、この娘にはまだまだ豊富にあるのだろう。 貴族のしきたりを覚えようともしないスピカをレムオンは正直頭が少し足りないのだと思っていた。だが、違うのだ。この娘は想像していたより遥かに賢い。彼女の博学さは、農業をしているときにこそ活かされるのだろう。 「……また農業がしたいか?」 少し寂しくなり、レムオンは問うた。 「いや。もう無理だよ。あたしは、この畑を捨てたんだ。もう、戻れないよ」 スピカは寂しそうに答えた。だが、その瞳には強い決意があった。 かける言葉に困り、レムオンはスピカの手から先程の草花を取り、彼女の癖の強い髪に挿した。 「あ……」 「その花、お前に似合うぞ」 娘は照れ臭そうに笑った。 そしてまた、二人はいつものようにいつもの場所……冒険に次ぐ冒険の旅に出掛けた。 今年もノーブルは豊作だろう。 だからもう、二人は振り返らないと心に決めた。 END. [*前] | [次#] 戻る |