紅蓮の炎が地を駆けた。
その中心に佇む少年はその炎以上の緋色の双眸から涙を零し続けていた。

男の手は少年を掴む事なく地に堕ちる―――…





一抹の苦悩を浮かべて。















空はもう白みかけていた、夢の名残のような冷たい汗が背筋を滑って落ちる。

(嫌な夢を見た)と男は顔をしかめるばかりだ。ずきずきと鈍い痛みを放つ古君を押さえ夢で陰った少年の明瞭でない姿を思い浮かべた。

見たことあるようで知りもしない血色の目。

それだけが妙に頭にこびりついて離れやしない。
男は寝巻きの衣を捨てた。






「……朝、か」

その夢を見たのは久しぶりだった。まだ薄暗いながら確かな陽光の差し込む隙間を見付けては窓掛を取り払い空を見上げる。
それが何とも言えず目に痛かった。


自分の住む村が焼き払われたのはもう何年も前のこと。村中を覆い尽くす紅蓮の炎と鼻をつく人の焼ける匂い、そして悲鳴。
真っ黒な黒煙を揚げて今だ轟々と猛る炎の渦は、自分を含めた村人数人以外を焼き尽くしたのだ。


その中央にいたのが、あの少年。
いや、少女だったろうか、曖昧な記憶を辿ろうとする度に脳髄を走る痛み、男は考えるのを止めた。



「紅蝶――――」


隣ですやすやと眠りにつく少年が一人、きらびやかな装飾と化粧で分からないがまだ年端もいかない幼さの残る少年だった。
娼館という名の少年を縛り付ける檻は今だその扉を開く事もなく紅の蝶を苦しめていた。

そういえば夢に出て来たあの血色の目をした人型もこのくらいの年頃だった気がする。


ずきり。
瞬間感じた事のない痛みが男の脳を貫いた。
それはそう、記憶が思い出す事を拒絶しているように。










「りひた…」

「…起きたのか?」

「……ん、ん。どうした?」


「…古傷が痛んでな」

「古傷?」



言いながら示された火傷に少年が息を呑む。
その背中に広がるのは朱に色付いた真っ赤な蝶。
そしてその上を波打つ赤い髪、日光に照らされても尚、鮮やかさを失わない綺麗な紅に口から零れたのは熱の篭った吐息だった。






「…蝶、みたいだ」

「何?」

「…キレイだ」


さながら独り言のように呟きながらまだ皮膚の薄い傷痕に手を伸ばし、触れる。
もたれるようにして擦り寄れば少年はどこか奥ゆかしげに笑いを上げた。


お前も蝶なのか、と。

「俺と、同じだな」


ぽつり、とでも確かに少年の口をついて出た言葉を男は聞き逃しはしなかった。
未だこの蝶は縛られているのだ。
己が戒めと、檻との狭間で一人、たった一人で。


「ラタトスク」と男は少年を呼んだ。




「少し、昔話をしてやる…つまらないかもしれないがな」













それは五年も前の事、この都に近い小さな村でリヒターは暮らしていた。
決して裕福とは言い難かったけれど両親が居て、友人が居て、他に望むものなど何もなかった。

けれどそんな幸せを、真っ赤な炎は一瞬にして焼き尽くしてしまったのだ。



深夜に点けられた火は各所で燃え上がり、寝ていた住民をそのまま焼き殺した。
気付いた時は既に遅く、炎の渦に呑まれた村はその一晩で地図から姿を消した。


沢山の目を背けたくなるような遺体と、数人の生き残りだけを残して―――…。










それがリヒターだった。
その記憶が昨夜夢にまで見たもの、確かに言えるのはあの少年が村の者でなかったことだけ。


「…アイツが、犯人だったんだろうな。でも俺はあの血色の目から流れる涙を綺麗だと、そう思ったんだ」



紅の蝶は言葉を発しようとはしなかった。震える手を、恍惚と見つめていた朱の蝶から離す。

その瞳に、男の姿はなかった。



「…すまない、聞きたくもなかったな、こんな話。忘れてくれていい」


その後リヒターは養子に迎えられた。
ただの農民の子でしかなかったリヒターは武家へとその名を連ねたのだ。






「……違う」

「…ラタトスク?」

「違うんだ、リヒター…ごめん、ごめんな」


少年の瞳からぽろぽろと涙が溢れ出す。
あの日と同じ緋色の目から零れるこの涙の意味を、男はまだ知らない。












赤蝶-Akaha-
(蝶の背に刻まれし過去の記憶が紅の蝶を罪の檻へと緊縛する。)





ぁきら様の書く花魁パロがすごく好きなのでリクエストさせていただきましたv
切ないお話が心にジーンときますっ!
今回はリヒターさんの過去話がでてきたようで・・・いろいろとつらい経験をされてたんですね(ノД`)
最後にラタ様がすごく意味ありげですが・・・とても気になります・・・!
つ、続き・・・期待してもいいんでしょうか^q^

素敵な小説ありがとうございました!^^


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