雨が冷たいのかも、もう分からない

誰かがこっちを見ているのは解ってた、けど

だけど指一本すら動かせなくて


(……きれー )

綺麗な、琥珀色の髪。

そればっかり見てた




「今日からお前は『時雨』だ」


秋の終わりの頃、新しい名前を貰った。
十何年間も慣れ親しんだ名前を捨てた。

仕事は嫌じゃなかった。
時々しつこいお客さんもいたけど、みんないい人だ。飯食っただけで帰る人もいたし。
それで白い飯が食えて蛇のおっさんに恩返しが出来るならお安い御用だ。


だけど、


「俺は、外には行かないよ」


おっさんの一人息子がぽつりと呟く、その一言がすごく哀しかった。

行く当てがなくて、此処から出られない奴は何人もいるのに、そう言うのが、ただひたすら可哀そうだと思った。


「時雨、今日は綱と寝ろ」
「へ?良いけど…何でっすか」
「勉強だ」
「勉強?」





『何の』とも『誰の』とも結局答えては貰えなかった。











「…………。」
「…………。」


とりあえず、押し倒して跨ってみたけど全くの無反応。

冷たい空気が居たたまれなくて、思わず苦笑した。

手を伸ばして頬っぺたを撫でてやれば、ようやくぴくっと身体が反応して、表情は、

表情が


「え、ええぇー…」
「…っ、 」
「どーしたんだよ、そんなに嫌?」


でっかい硝子玉みたいな目からぼろぼろ涙が零れて、幾つも頬っぺたに筋を作って、

触れた涙が温かくて思わず手を引っ込めた。

するとどんどん泣くもんだから、身体を引き起こしてやってぎゅっと抱き締めて、優しく優しく背中を撫でて、撫でて撫でて、撫でた(こうすると安心するから)(餓鬼の頃、親父にやって貰っ、  )(…………)


「…ごめん、」
「ん?」
「時雨が、嫌なわけじゃ… ないんだ」
「ん」


実は、それが初めてのまともな会話だった。
この前の氷みたいなのじゃなくて、あったかい、ちょっとだけ高い声。
それがなんだか擽ったくて、抱き締める腕の力を強めると、漸く背中に回った細っこい腕が、きゅ、とオレの着物を握る。
震えてるのが背中から伝わって、どうしたら安心させてやれんだろうって学の無い頭で考えた。考えて考えて考えたけど、やっぱり背中を撫でてやるくらいしか思いつなかなかった。それしか知らなかった。


「…時雨は優しいんだな」
「?」
「優しくて、綺麗」


あの時も、と続ける声。
オレより全然優しい、声。


オレが拾われた日、独りになって何日か経ったあの日、あの雨のあの時、


そばにいたのはつなだった。


「………っ」
「時雨?」
「…山本 、武」
「え?」
「オレの本当の名前」
「………」


久しぶりに拾い上げたオレの名前は、


「…や、まもと たけし、?」
「うん」

なんだかすごく新鮮で、


良い名前だね、そう言う、つなのその声で紡がれることが、

いちばんの特別に思えた。










「綱!」
「わっ、時雨?」


茶屋を閉める大引け前、まだ客が居るはずの時間、廊下を歩いていた俺の後ろから、体当たりを食らったような衝撃。
身体に回る腕が誰のものかなんて直ぐに解って、手を添えて振り返った。そこにはやっぱり彼の嬉しそうな顔があって、さっきまで渦巻いていた泥のような感情がするすると溶けていく。


「どうしたの?」
「オレ今日は終わり」
「え、」
「早く綱に会いたくてな、」


どうやら客の機嫌が良くて床に入らなくても済みそうだと、酒を飲ませに飲ませて酔い潰したらしい。
その客がついさっき帰って見送りも終わったところで俺を見つけた、と。

彼は自覚が無いのだけれど、食事だけで帰る客、なんて今じゃ珍しい。家庭を持てない住職たちが、その団欒を求めて時々やる。本当に時々だ。

それが彼には人より多くある事を、彼自身は知らない(まぁ勿論みんな一度は枕を共にした仲なんだけど)


相変わらず人柄の良さは好評のようだ。



「だからさ?綱」
「……っ、 ちょ」
「さっきの続き、な」


勿論、俺にも。











「…ん、  ふ」


着物をはだけさせて露になった彼の脚の間に顔を埋めて、それを咥え込みながら自分で自分の穴を弄った。
卑猥な音が簡単に気持ちを高ぶらせていって、口の中いっぱいに広がる青臭い先走りさえも愛しくて。

咥えたままに視線を上げれば息を少し荒げた彼と目が合う。目尻を撫でる指が優しくて、

本当は根元とかを食んで口付けるみたいにするのが好きなんだけど、

「早く綱に会いたくて」


俺の為に時間を作ってくれたのが嬉しかったから。

だったら俺も、彼が喜ぶ事をしたくて、


「… っ、はっぁ  つな…」
「んう、 ふ」


喉の奥まで咥内を全部使って彼自身を愛した。
唇を滑らせ、口の中で舌を這わせ、吸い上げて、ちょっと甘噛みしてみたり。

穴を弄って濡れた手も使って、少しでも気持ち良くなってほしくて、なんて、ただそんなことを考えて

頭を上下に動かしてると軽く触れてた彼の掌が握られて、俺の髪がくしゃ、と音を立てる。

厭らしい手付きで撫でる手は動かしたまま、口を離した


「、…だせそう ?」
「…ん、 」
「……良いよ」
「つな、?」
「 口の中、出して」
「…、…っ う、わ」

「 …やまもと」
「────っ!  ぁあっ、」


名前を呼ばれる事に、こだわる理由を俺は知らない。
訊いた事もないけれど山本から言わないならそれで良いと思ったから。
きっと、いつか話してくれるだろう。


再び咥えたその先端、強く吸えば山本は俺の口の中に全てを吐き出した。

青臭くて、苦い。

だけど飲み込む事に苦は一切無い。
だって俺が与えた刺激で、なんて考えると、嬉しくて堪らなかったんだ。


「は、… あぅ」
「つな、」
「…ん、 やまも、と」


頭を低くして四つ這いになれば山本が覆いかぶさって、背中を舐められ後ろに指を入れられる。

自分で慣らしたそこは、簡単に山本の指を咥えて、
くすりと後ろで笑われるのが恥ずかしくて堪らないのに、腰は揺れ動いて止まらなかった。


「…あっ、  んん!」
「ん、ここな」
「ぅああっ」


掠めた一点で背中をしならせれば、其処ばかりを、しつこくしつこく。

洩れる声はただ無意味な喘ぎばかりでも、山本がそれが好きなのを知っているからただそのまま。

欲に従順に、忠実に、



……欲、と言うより、


「つな、こっち向いて」
「…  ん、」


山本に。




店が始まる前、中途半端なあの状態から我慢して、漸く宛行われた山本自身の熱さに思わず息を呑んだ。

この行為は好きだ。山本がオレだけを魅る、大切な行為。もう何度だってした。

だけどいつまでも慣れることがない。なにより今から山本がオレの中に入ってくる、この瞬間は、心臓が壊れそうなほどにばくばくいって、


「  ひ、 」
「…、 つな、…ちから抜いて…っ」
「  む、りぃ !」


締めすぎれば山本だって痛いのは解ってるんだけど、それでも身体は言うことをきかない。

押し入ってくるそれが苦しくて、痛くて、息が上手く出来ない。吸うばかりで吐くことを忘れてしまった。


「っ、はぁ、 ん」
「…つな」
「ん、 や まもと」


お互いの足の付け根がぴたりとくっついて、凄まじい圧迫感を感じながらも俺は嬉しかった。
それで涙を流すんだけど、こうなると山本はすごく困ったような顔をする(いてぇよな、ごめんって)(違うって言ってんのに、いつも謝る)(ばか)(大好き)


「は、 あっ、んん」


ゆっくりと、それからだんだん早く、全部引き摺り出される感覚と、押し入られる感覚。

山本の肩に置いた手、がりっと嫌な音がしたような、してないような


「はっ、あっ!たけ、たけしっ」
「…っ!…つな」
「ぅああっ、!」
「 はぁ、 」


繰り返される、それで頭は真っ白。


「…い  つ、か」
「…んっ、 …なに?」


それでも目の前にいる、大好きな人。
嬉しくて、愛しくて、何よりで、


「いつか、 んっ…俺だけの、 …ものにするからね、…っひぁ!」



俺の、たった一人。




「…!あー、もう!」




その後の記憶は、ほとんどない。
なんていうか、吹っ飛んだ。









「…へへ」
「なに?」


目を覚ませば、山本の腕の中。

身体もすっかり綺麗になってたけど、二人とも着物は纏わないで、はだかのまんまで布団に包まってた。

ひたすら嬉しそうな表情が、何でだかよくわかんなかったけどぺたぺた撫でて、そしたらもっと嬉しそうな顔でくっついてくるから、俺はもっとわかんなくなった。

どうしたのって訊いても、曖昧な返事と額に口付けが返ってくるだけ。


「ははっ!つーなー」
「だから、もう。なにって」


これで返事が無かったら暫く無視しよう。背中向けて、寝たふりだ(したら山本が慌てるの、知ってるんだ)

たいした期待もしないで目を見れば、甘えた視線で、胸元にぐりぐり。短い髪が少しくすぐったい。


「…はやく、つなだけのにしてな?」
「え?…あ。…うん。」



あぁそれか…。
そう言えば変なこと口走ったよね、俺。
やっちゃったな。ずっと言わないつもりだったのに。


「…俺ね、」
「お?」


でも、いっか。


嬉しそうだし、



「義父さんの跡を継いだら、ここにいるみんな、」
「みんな。」
「…信用できるお客さんに身請けとか、養子とか、いろんなかたちで引き取って貰おうって思ってるんだ」


俺のこの先、知っておいてほしいし、


「なー、つな」
「ん?」
「…みんな?」
「山本はもう決まってるだろ?身請け先」
「…!つな大好き!」
「あはは!」


だって


「それでね、店も引き払って」
「ん」
「どっかで静かに暮らすんだ」
それを、次出るときの外にしたい。
「ん」
「…一緒に来てくれる?」
「ん?『綱がそうなら、オレもずっと一緒だ』」
「山本…」
「な?」
「…大好き!」
「ははっ!」



ずっとずっと、一緒なんだから。



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山本が男娼ですみません。




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