男娼×跡継ぎ息子。

山本のお仕事中な描写はありませんが、『山本は完攻めなの!』って方にはお薦めいたしません。

※高校生さんを含む18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。








陰間茶屋、育ての親の家業がそれだった。

男が身体を売る店。
小さいころからそんなところを遊び場に、庭にしていたから、十を過ぎるまではそれが普通なんだと思っていた。

初めて連れられて出た外は、俺の世界観をまっ逆さまに変えてしまった。

外の女性の多さに驚いた。

艶やかに着飾る華はとても色鮮やかで、

目にじりじりと火傷を作っていく。


嗚呼、俺の居た世界は何て歪んだ世界だったのだろう。

其れからは誘われようとも外には出なかった。

俺の家は変なんだ、異質なんだ。

外に出たら嗤れる。
ケラケラと鈴の音で。


恐ろしくて堪らなかった。


もう外には行きたくない。



「綱がそうなら、オレもずっと一緒だ」


十一で出会った黒髪の彼は、少し悲しそうな目で俺を見詰めて

十四になった時に華の様な笑顔でそう呟いた。







「……あっ、  んん」


燭の灯だけを頼りに身体を弄るその掌は、それでも知り尽くしていると言わんばかりに俺を高ぶらせていった。

お互いに着物をはだけさせて、

帯を解くのはまだ我慢。

胸に沢山の紅い華


外で滴る雨に紛れて声を洩らした。


「しぐ、…時雨」


彼の頬に、首筋に鎖骨に口付けて、最後は肩に唇押し付けて与えられる快楽を逃がさない様に閉じ込めた。

指を三本も咥えた下の口から卑猥な水音が部屋中に響いて、雨に紛れる事もなく耳を犯していく。

あと、もう少し、なのに

もう指じゃ足りない。

名前を呼ばれた彼が、少し不満そうに顔を顰めて、埋められた指がずるりと抜かれる。


濡れた人差し指を、俺の内股に這わせて、


焦らされる


「時雨っ、そ じゃなくって…」
「やだ」
「…っ  え」
「名前」
「………んっ」


内股から、中心へ


「ほんとの名前」
「…ふぅ、んん」
「綱だけに教えたろ?」


擽るように、触れるか触れないかの距離、微弱な刺激


「  や、…やま」
「そっちじゃなくて」
「ふぁっ、ん、」


俺が不正解を口にすれば、鈴口をなぞられて

今日は雨の日

屋根からぽつぽつと落ちる水音に合わせて、

おずおずと口を開いて、


「…た、」


彼の名を、




「そこ迄だぞ、お前等」
「うわっ!」
「とーさんっ!」


いつの間にか開けられた襖に寄りかかって立っていた、真っ黒な着物を着流したこの茶屋の主人、異国から来たと言う、俺の育ての親。

横文字の名前を持っているけれど、いつも肩に足の生えた蛇の様な爬虫類を乗せているから「蛇の旦那」なんて周りからはそう呼ばれていた。

まだ歩くのもおぼつかないほどに小さな頃、産みの親を目の前で切り殺され飢え死にかけた俺を拾ったのがこの人だ。


「時雨、時間だぞ」
「…ちぇー」
「………。」


そして、名前を呼ばれた彼が、時雨。
俺が十一の時に俺と同じように義父に拾われた。


雨の降る、春の始め。

庭の隅にある椿の木の下で横たわるのを、俺が見付けた。

見付けた、と言うよりは、眺めていた。


雨に堪え切れず花を落とす椿

それが彼の上に一つ二つと落ちる

何か幻想的な物を目の当たりにしたように、目が離せなかった。


我に返ったのは義父に肩を叩かれた時だ。

彼を抱き上げる義父の後を追いかける間も、結局は視線を離せなかった。


「綱、行って来る」
「……ん、」


崩れた俺の着物を直しながら、誰が見ているのも気にせず唇を重ねて、

早くしろと催促する声に笑いながら彼は返事をした。


俺達は、この「蛇」に逆らえない。
拾われたときに何か呪いを掛けられたんじゃないかと言う程に従順だ。

だけど解ってる。呪いなんかじゃないのは。


この店にいる人間皆、この人に命を救われた。



行き倒れた人間、売られそうになった人間、親に愛されなかった人間。

この「蛇」のお目に掛かった人間は、皆こうして救われた。

俺も、彼も、



俺の頭を優しく撫でる彼はこの店で一番の人気者、はやり子、だ。

毎晩、彼を求める客は絶える事を知らず、寧ろ多くなっていくばかり。

美しいと言うよりは、無邪気で明るい、行儀は決して良くはない。

それでも瞳に艶が灯るとまるで別人。

猫の様な、犬の様な、蛇の様な、

絡まれたら最後


媚びを売る訳ではなく、目の前の人間を甘く甘く火照らせて。



この店の跡継ぎとして育てられた俺は、いつの日か彼を指名する客にへらりと機嫌を伺い笑い掛けなくてはいけないのだと思うと気が触れてしまいそうになる。

今でさえ、


「山本」
「ん?……  っ」
「また後でね」


こんなに心臓が壊れてしまいそうなほど苦しいのだから。



着物を直して部屋から出て行こうとする彼を一度だけ振り向かせて、頬に口付けて見送った。

本当は行ってほしくないと、何度も言葉を呑んだ。


だけど、それは許されないから、


だから、俺はこうして彼を見送る。





「随分と勉強熱心じゃねぇか」
「…勉強じゃない」


蛇の目に睨まれても怖じける事無く睨み返した

跡継ぐ勉強の一つだと、彼と床に入らされたのはもう何年も前の事。

始めは嫌だった。

だから義父に内緒でただ布団に包まって話だけしていた。
彼は嫌がる素振りも見せず、ただ笑って。

彼に捕まってしまったのは俺も他の客と一緒だ。

脚を開いて身体を預けたのは慕う気持ちが通じ合ってから。
彼の客とは同じには成りたくなくて、組み敷かれる事を自分から願った。


「ふん、まぁ良い」
「………」
「お前も時雨もそこそこ働いてるしな」


義父は全て知っていて、俺達を好きな様にさせておく。
今、俺達からお互いを取り上げたらお互いが機能しなくなくのを解っているから。


「…早く仕事に戻った方が良いんじゃない」
「何だ」
「今日は多分忙しいよ」
「理由は?」
「……解んないけど」
「ふん、甘ぇな。駄目綱」


義父が言うに、何処かの寺の和尚が城に呼ばれたとかで行列を作って移動しているらしい。
それが、今夜この町に着く。


陰間茶屋の主な客は寺の住職たちだ。
女性を愛し、家庭を持つ事を許されないと言うのが理由らしい(住職なんかみんないなくなれ)

それがこぞってくるなら、店は確かに忙しくなるだろう。


「それにしても、相変わらず勘は良いな」
「…どうせ勘しか良くないよ」
「そうは言ってねーぞ。この世界、客を見極めるのに勘は必要だ」


クツクツと喉を鳴らして笑う、蛇。
黒い髪が風に揺れて、逆光が表情に陰をつくる。


俺が跡取りに選ばれたのは、ずば抜けて勘が良かったからだ。
客から感じた違和感だとか、人柄だとか、空気とか、外れたことが無かった。


(…どうせなら、俺も男娼になりたかった)


こうして彼を待つ間、俺も一緒に快楽に溺れてしまえていれば、


(なんて、無理なくせに)



彼以外に組み敷かれるなんて吐き気がする。






ねぇ、きみは?




(……たけし、)






「義父さん」
「なんだ」

「俺、義父さんの跡を継いだら、この店を潰すよ」
「…ふん、」


長生きしてやるから覚悟しておくんだな。
そう言った義父は、心底愉しそうに、珍しく嫌みが一つもない笑顔でそう言った。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -