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「#エロ」のBL小説を読む
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甘皮と赤く塗ったところとの境目が広がってきている、私も生きている。可愛くなりたい、女らしくなりたい、と塗り始めたのは良いけれど、少し放置すると爪の先からも根元からも少しずつ剥げ出して、本来の目的どころかむしろ情けなくなる。そろそろ塗りなおさなくちゃ、爪も切らなくちゃ。もう可愛くいる必要も、女らしくいる必要もないんだから。
可愛く、女らしく。そう思い始めたのは随分前のような気がするけど、ちゃんと考えてみたら別にそこまで前のことじゃなかった。努力と期間はマッチしない。誰もいない部屋から誰もいない談話室に除光液とコットンとを持ってくる。押し付けてゆっくり擦ってもなかなかとれなくて、サイドの方なんかなおさらで。自分が苛立ってくるのも、魔法でやれば簡単なのも分かるけど、なんとなく嫌だ。何枚もコットンを無駄にして、やっととりおわったときに見た爪の色は前とは違っていた。もやもやしたような脱力感と、ふわふわしたような開放感。爪切りで長さを大雑把にそろえて、やすりで形を整えていく。こうやり始めたのはそこまで前のことじゃなくても、わざわざ一生懸命やらなくても自然に出来るまでには慣れたってことか。学習能力があるんだ、私にも。さっきの見苦しさはもうあまりなくて、その手を光にかざしてみる。あまり長すぎるのも、授業や実習に邪魔になってしまう。

「どれにしようかな、」

独り言は大きく響いた。そこまで大きい声で言ったつもりじゃないのに。誰かに聞かれていたらと思って、やめた。だってここには誰もいないんだ。可愛く、女らしくいる必要はもうないと分かっているのに、自然と塗ってしまう気になってる。馬鹿みたい、言葉の一貫性がない。

「僕はこの色が良いと思うけど」

心臓が止まるかと思った。傷が目立つ手が取ったのは、可愛いと思って買ったけど毒々しいともいえる色が私には似合わない気がして試し塗りして以来触れてもいないネイルだった。ソファを軋ませて私の隣に座る彼。ふわりと漂う香りに心臓が疼く。どきん、なんてかわいらしいものじゃない。もっと生々しい音で、もっと厭らしい音だ。私の隣に彼がいる。いてほしくないときに、いる。どうしてこういう時にやってくるんだろう、いてほしかった時に求めてもいてくれなかったくせに。でも、タイミングなんか関係ない。傍にいてくれるだけで嬉しいし、あわよくば”傍にいてくれる”以上のことを求めてしまいそうな自分もいる。浅ましい。唇を噛み過ぎたせいで血の味が咥内に広がる。少し色の悪くなった爪を見続けたくなくなって、手を握り締めるとぴりっとした痛みが走った。掌が切れたみたいだ。

「そんなに強く握ったら傷になる」
「………何しに来たの?」
「次の授業の準備。そしたら君がいたから」
「………そう」
「この色にしないの?」
「……どうしてあんたが好きな色にしなくちゃいけないの」
「君に似合うと思ったからだよ」
「……私はそうは思わない」
「じゃあどうして持ってるの?」
「……買ってみたら似合わなかったの」
「そうかな、塗ってみても良い?」
「やだよ、何で?」
「塗りたいから」

彼が私の手を取る。それだけで私の心臓はキャパオーバーしそう。大きくて冷たい手が私の手を柔らかく包んで、刷毛で静かに塗っていく。私の手はどんどん冷たくなっていくのに、顔はどんどん熱くなる。全身の血液が脳に集約されたみたいに頭がぼんやりして、視界は潤んで泣きそうになる。私に触れないで、私の傍にいないで、私がもっと卑しくなってしまう。可愛いくいることも、女らしくいることも、いくら努力しても出来なくなってしまう。

「似合うじゃないか」
「……もう、やめて。離してよ」
「何を?それにまだ終わってない」
「優しくしないでよ」
「僕は優しくないよ」
「……そうだね。突き放すんでしょ、これで」
「そんな風に思われていたなんてびっくりだ」
「否定しないんだから事実ってことなんじゃないの」
「そんなつもりは微塵もないよ」
「……そう」

ふっと私の手に息がかかる。反射的に手をひっこめようとすると、「動かないで」と言われた。無茶言わないでよ、ばか。あんたの手が私に触れてるだけでも我慢できそうにないんだから。ただの優しさなのかもしれない、でもむしろ痛い。こんなことされたら、ありえないと分かっていても期待したくなっちゃうじゃない。自分で塗るよりも綺麗に塗られた手を、痛い唇をさらに噛みしめて見つめる。彼はまだ手を離してくれない。いっそ、このまま固まってしまえばいい。離れなくなってしまえばいい。呪文でもなんでもいい。でも、離れた。離してって言ったときは離してくれないのに、意地悪なひと。

「似合う」
「……………」
「ごめんね」
「……謝らないで」
「本当に悪いと思ってるんだ、嬉しかったけど」
「悪いと思ってるなら、もう話しかけたりしないで。もう私に関わらないで」
「………僕のことが嫌いかい?」
「嫌い、大嫌い」
「……そうだよね、ごめん」

もう乾ききった爪に水滴が落ちてもぐしゃぐしゃになることはなくて、水滴を弾くだけ。だからいくら泣いても良いでしょ。嫌いも大嫌いもうそ。拒否されても、たとえ消えろって言われたって、簡単に無くせるような気持ちじゃないの。そういう気持ちにさせたのはあんたなんだから。マニキュアは簡単に拭い去られるし、塗りなおすことだってできるけど。


いちいさま、リクエストありがとうございました!「切ない感じのリーマス夢」とのことでしたが、いかがでしたでしょうか?お気に召されたら嬉しいです。お互いすきなんだけど、リーマスは一緒にいられない、と思うから拒否してしまったという感じの話にさせて頂きました。よくわからない話になってしまい、申し訳ないです。40000打を迎えられたのも、いちいさまを含め閲覧してくださる皆様のおかげです、本当に感謝しています。シリウスも好きと言って頂けるなんて幸せ者です。これからもよろしくお願いいたします、だいすきです!