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「きれいです、お嬢様」とローラはまた金切声をあげる。一体何度目なのかは数えるのをやめたからわからない。そして自分自身に何度杖を向け、泣き腫らした目に治癒呪文をかけたのかもわからない。声を上げずに泣くことが日に日に上手くなっていた。

彼が卒業した後のホグワーツはひどく退屈で、無感情に日々を過ごすことで自分を宥めていたし、どうせ卒業したら家庭に入るのだからと友人ともそこまで真剣に関わらずに過ごした。両親から届く花嫁指南の資料を読み、恥ずかしくない程度の成績をNEWTで修めた。結果としては“良い娘”になれたはずだ。彼を忘れること以外は。

品定めするような視線と、さりげなく私の前髪を直す手からは、大事な娘を愛を持って送り出す、というよりは良い手駒である、と自覚せざるを得なかった。きっと全く愛がないわけではない。ただ、“家族の中での正当性を保ちつつ”幸せになるようにと祈っているのだろう。その正当性を良しとしてきた。そう生きることが楽だったからだ。彼を追いかけるより、家族に逆らうより、ずっと楽だったからだ。そして私は逆らうほど、私の家族が間違っているとは思っていない。ただ、必ずしも正しいわけではない。同じ気持ちが何度もループして、私は彼のように自分の思うところを決めきれない。

まっすぐ私は男の元に進む。男は私を見て微笑む。まるで彼が教えてくれたマグルの“映画”というものラストシーンのようだ。私も幸せそうに微笑んだ。お互いに茶番としか思っていないだろう。誓えるだろうか、この男と。これからを、割り切った関係を。家族のために、私でさえ正しさを疑っているのに。男が私の名前を呼ぶ。私の名前なのに私の名前ではないようで反応できない。この男に呼ばれたいわけではないからだ。私はこの男の名前を知っているのに、今呼びたいのはこの男の名前ではない。この男と口づけはしたし、きっとこれからは家族を繁栄させていかなくてはいけない行為も求められているのだろう。寒気がする。その行為をしなければいけない未来に対しても、そう感じている私自身にも。貼り付けた笑顔で顔が痛くなってきている。


「シリウス」


私の声は存外大きく響く。それほどまでに周りの人間は息をひそめていたようだ。心がなぜか落ち着いた。私はシリウスの名前をずいぶんと呼んでいなかったようだ。断じて、これから私が生涯を添い遂げるべきこの男の名前ではない。両親が立ち上がる。男はいぶかしげに眉を深くひそめた。ああ、言ってしまった。できることなら“いい娘”でいたかった。割り切った関係をこの男と続けることで、私ではない誰もが幸せになれたんだろう。そうわかっていても、私はシリウスのように自分の望みを明らかにしたかった。シリウスは、私にも私たちの家族にもそう接してきたのだから。そして私はそう生きているシリウスに惹かれたのだから。


「やっとだな」


シリウスの声だ。冷たい水を注ぎこまれたように感じた。男の手を放して後ろを振り返るとシリウスがいる。私たちを見ている。目から熱い涙があふれ出たことが分かった。あれほどまで消息が分からなかったシリウスが私の目の前にいるのだ。母も、父も、男も、私を呼ぶ。これほどまでに必死な声で私を呼ぶなんて聞いたことがなかった。物陰に隠れていたローラはいつも以上に瞳を丸くしてまるで零れ落ちそうなくらいだ。ニヤッと不敵に笑ったシリウスに思いっきり飛び込む。


「ああ、やっとだ」


これほどまでに幸せそうなシリウスの声を聞いたことがあっただろうか。見上げようとする私の頭をシリウスが抑え込んだ。姿くらましの感覚が私を包んだ。