「名前、」
「あ、レギュラス…先輩」
「別に今まで通りに呼んでくれて構わないのに」
「先輩方が怖いですから」
美しく微笑むレギュラスはやっぱりあの人に似てる。本人に言ったら、顔をしかめるだろうけれど。
「またおいでと母上が言ってたよ」
「本当ですか?」
「ああ、昔から名前は母上のお気に入りだからね」
「もしそうなら嬉しいです」
「本当だよ」
「おい、ブラック」
「…ああ、今行く。じゃあ、またね名前」
「……はい」
愛してるよ、そう言ってレギュラスは私の額に唇を落とした。
私は本来あの人の婚約者だった。あの人の妻になるべき存在だった。だけど、それは叶わなかった。あの人が我がスリザリンではなく、グリフィンドールに入ってしまったからだ。小さい頃は寮の壁なんてそんなに高くないと思っていた。しかし、実際は違ったのだ。ならば、スリザリンに入った私のことも嫌いになっているだろう。それは身が裂けるように辛いことなのだが、どうしようもないことなのだ。だって、あの人はスリザリンを憎んでいる。だから、スリザリンの人間である私はあの人と結ばれることなど有り得ないのだ。レギュラスの向こうに見えるあの人を想い、レギュラスと結ばれる。迷惑、嫌悪等という感情はない。ただ、あの人を見たときに感じる血のたぎるような熱情を感じることはないのだ、レギュラスを見ていても、決して。
それを知りつつも、レギュラスは何も言わず私に愛を囁いてくれる。私を、婚約者として、愛すべき者として見てくれている。その気持ちに応えられない自分を腹立たしく思い、何度罵倒してきたことか。
…なのに、この気持ちは変わらない。
「名前ってレギュラス先輩と仲良いわよね」
「…そうかしら」
「流石婚約者、てところかしらね」
「…………」
苛立ちが募る、隣で物知り顔で笑う女に。あなたに何が分かるって言うの?私がどんな気持ちでレギュラスを思っているかなんて、分かる筈ない。
何も聞こえなかった振りをする。私の眼は吸い寄せられるように、グリフィンドールのテーブルにいるあの人をじっと見つめてしまう。…また、髪が伸びた気がする。あの人を見つめること、それが私の日課になりつつある。微かに、苛立ちが姿を消した。
するとあの人に我が物顔で女が触れた、そして、
自らの身体が熱せられたように、熱くなった。今のは、何?ざわついていた大広間が、一気に静まり返る。様々な瞳が私を見ている。あの人でさえも。それも恥ずかしくなく、なんだか自分が自分じゃなくなったようだと感じた。私を呼ぶ声がする、だけど聞こえない振りをして、大広間から出た。恥ずかしくなんかなかった、だから堂々としていた。一番悲しかったのはあの人、あの人が私ではない女に触れられていたこと、満更でもない様子だった様子だったこと、それよりも何よりも、口付けをしたことだ。視界が潤む。廊下の色が水滴で変化する、何故私は泣いてるの、悲しいことなんてない筈なのに、あの人が誰に愛を囁こうが、口付けをしようが、性交をしようが、そんなことちっとも悲しくなんか、
「…名前、」
懐かしい声がした。振り向けない、振り向いてはいけない、そんなこと、赦されることではない。
「名前、」
先程より幾分か近くで聞こえた声に、心臓が奇妙な心音をたてる。そして、身体中が歓喜で満たされた。振り返ろう、背徳が心を満たそうが、何を戸惑うことがあるの?私は、私は、シリウスが好きなだけよ。そうよ、シリウスが好きなだけ、だから、
「名前、」
「………レギュラス、」
絶望の淵に落とされた気がした。いつの間にか涙は姿を見せなくなった。ああ、私は、
「大丈夫?」
愛すべき人の優しげな微笑みにもあたたかな抱擁にも口付けにも、心の奥底では拒絶しか出来ないのだ。
An Idle Talk
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an idle talk(無駄話)