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「お邪魔しまーす」

「ああ、上がってくれ」

「ありがとう」


名前がやって来た。現在8月14日午後10時。家の中はさっきまで俺が一人しかいないという静けさが一転、名前がやって来たことで家に騒がしさが戻ってきたようだ。

「敢えて、どこにも行かないっていうのはどう?そのかわり、前日から一緒にいたいんだけど」

と目の前で微笑む名前を俺らしくもないがぽかんと見つめてしまったのは記憶に新しい。そんな俺を見て吹き出した名前に少し恥ずかしさも覚えた。全く、俺らしくない。

「理由は?」
「15日になったら教えてあげる」

ふふん、と笑った名前はどこか大人っぽくてどきりと胸が疼いた。

杏やクラスメイトを見ていて、女子というものは男子より少しイベントに敏感だと思っていた。文化祭、体育祭、記念日、…誕生日。あの時俺の目の前で吹き出した名前もそうだと思っていた、付き合いだしてから一年がたった日の0時丁度にメールを送ってきたのは覚えている。こうまで気をつかうのか、と嬉しいながらも呆れた。そんな名前だから、とどこか期待していたのかもしれない。俺の誕生日はお盆休みの真っ只中だし、部活はオフ。確かに出掛けたら混んでいるのは否めないが、それ名前となら、とも思っていた。……こんなことを名前に言ったら顔を真っ赤にしてしまうのかもしれないが。容易に想像出来る様相に笑えた。


「…何で笑ってんの?」

「っ!…見てたのか?」

「何、見ちゃいけないの?大事な大事なか、……」

「……大事な大事なか、の続きは?」

「もう、意地悪!…桔平なら、わかりきってるでしょ」

「名前から言ってほしい」

「〜〜…っ!れ、冷蔵庫、借りる!」


ばたばたと耳まで真っ赤にしながら走っていく名前は、微笑ましいを通り越して壊してしまいたくなるほど愛しい。……堪えられるのだろうか?曾祖母も、祖母も、両親も、杏でさえもいない、つまりストッパーがないこの家で……駄目だ、最初から不安になっていたんじゃそうなるに決まっているじゃないか。名前とそういう雰囲気にならなかったわけじゃない、でも理性で今まで乗り越えてきただろ。頭を振って名前の後を追った。



名前が持参したバッグの中には泊まるときに必要なものが入っているらしい。ベッドに寄り掛かり、俺の隣に座る名前を抱き上げてベッドに押し倒すことは容易だろう。だけど、無邪気に俺に擦り寄る名前にそんなことが出来るはずもない。……こんなことを思ってると名前に知られたら軽蔑されるだろうか?いつからこんなに臆病になったんだ?視界に影が出来、顔をあげると名前が俺を見て微笑んでいた。掠めるように俺の唇の横にそれを寄せる名前にくらりとした。見慣れた部屋のはずなのに、どこか違う世界に思えたのは何故だ?彼女の後頭部に手を伸ばし、くっと自らの方に引き寄せて口づけようとすると「だーめ」と妙に間延びした声で告げられた。駄目、と言われたらしょうがない。ここで強引に出来たら良いが名前がいやがるかもしれない。力を抜き、俺より長い髪を毛先まで指で撫でてみる。嬉しそうに微笑み目を細める名前は猫のようで、細くて柔らかい腕が俺の首に回る。さっきの可愛さはどこへやら、女というものは表情をくるくると変えるらしい。俺の足の間でぴったりと俺に身体をくっつける名前は俺の気持ちなんて考えちゃいないだろう。細い腰に手を回し、簡単に解ける程度に力を入れる。名前の腕の力が強まった。俺とは全然違うにおい、首に当たる柔らかい髪がくすぐったい。


「…もう11時すぎちゃった」

「そうなのか?」

「お風呂、入っていい?汗かいてるの」


名前は純粋にそう言ったのかもしれないが、俺にはそうはとれなかった。どくんと心臓が疼き、「ああ、俺はもう入ったから」と平静を装って答えることが想像以上に困難だった。俺からするりと離れ、袋を持って部屋から出て行くのをぼんやりと見送る。……ああ、俺らしくもない。こんなにもこどもな男だったのだろうか。大体どこで寝るつもりなんだ?ここで寝かせたら危ない、誰がって名前が。あんな調子で来られたら今度こそ堪えきれない。携帯を見るといつの間にか11時半になっていた。ギシッとスプリングを軋ませてベッドに沈み込む。手を開閉させる。いつもなら慣れ親しんだラケットやボールの感覚は無意識で思い出せるはずなのに、今この瞬間は不可能だ。名前の感触が簡単には消えそうにない。カチコチと時計の音が響く。……遅くないか?いや、女は長風呂というか。さっきから時計は10分と動いていないのに、手が、全身が名前を欲しているらしい。触れたい。………これじゃ今晩は駄目だな、杏の部屋に寝てもらおうか。


「気持ち良かった!」

「っ!?」

「あ、ごめんね。びっくりした?」


バンッと音をたてて入って来た名前は、風呂に入ったはずなのに髪の毛は濡れていないのに頬は上気している。ドライヤーで乾かしたのだろうと想像は出来るが、あの言葉は…心臓が狂ったように動いている、いちいち反応してどうする?


「あっ、今何時!?」

「11時40分だ」

「……うん、ありがとう」


名前はぺたんと俺の前に座り込んでじっと俺を見つめる。静寂が耳に痛い、いつもの名前らしくない。手を伸ばして名前の頬に触れると、少し湿っていた。嬉しそうな顔をして名前はゆっくりと口を開く。


「……携帯の電源、切って」

「…何故?」

「そろそろメールが来はじめる頃だから」

「……わかった」

「ごめんね、でも誰にも邪魔されたくないの」

「……?」

「桔平のこの歳の最後の日、私が独占したい」

「…………」

「出来れば、明日も」

「……断る理由が見つからないな」

「…ありがとう」


頬をもう一度撫でて顔を近付けると、名前は目を逸らした。……今、一番良いタイミングだった気がするんだが。


「ごめんね、今何時?」

「…11時55分だ、っ!」


名前は相当な恥ずかしがり屋だと思う。抱き着いたりするのは好きだが、抱きしめられたりするのは好きじゃないらしい。名前の顔が視界いっぱいに、唇には名前の感触がある。ああ、そういえば今日は一度もしていなかった気がする。知っているのに久々に感じる感触が愛しい。後頭部に手をまわして引き寄せる。少し苦しそうな声がした。そんな声も食べてしまいたい、名前にひかれてしまうかもしれないが。


「…っ、は、」

「……珍しいな、名前からしてくるなんて」

「……駄目?」

「いや、嬉しい」

「良かった。あ、…5、4、3、2、1、0、ハッピーバースデー、桔平」

「…ありがとう」

「あ、まだキスしちゃ駄目。今日は私からするの、全部」

「……は?」

「それが最初の私からの誕生日プレゼント」


にやりと笑った名前に呆気にとられた。相変わらず、俺の予想を超える行動をする。だが、


「良かよ、楽しみばい」


今度笑うのは俺の番だ。



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