「シリウス、危ないよー」
「んー」
「んーって。ちょっと」
「今日の夕飯、何?」
「シチュー」
「チキン入ってる?」
「うん」
この前の会話。ご飯を作るあたしに抱き付いて、離れないシリウスが毎日愛しかった。何故だか分からないけど、シリウスはいつも怪我して帰って来た。この前も同じ。
「シリウス、怪我大丈夫?」
「ああ」
いつも繰り返されてた会話。なんか知らないけど、シリウスは正義の味方らしい。曖昧な答え。それを聞く度になんだか突き放されたようで、蚊帳の外にいるようで、いつも悲しくなったのを覚えてる。何回聞いても、その痛みは必ずあたしにもたらされていた。
「名前ー」
「ん?」
「こいよ」
夜になれば頼んでもないのに、シリウスは抱き付いてきた。嬉しい、けれど素直になれなくて、「シリウスがしたいだけでしょ」って言い返してた。でもシリウスの体温があたしを包み込む度に、シリウスの匂いが肺に染み渡る度に、シリウスがいない昼間の不安が消え失せた。単純な自分に笑えた。あたしはシリウスがいればいいんだと、思っている。
シリウスが抱き締めてくれる度に、シリウスが「名前」って呼んでくれる度に、あたしは世界一幸せな女の子になれた。やっぱりあたしは単純なんだ。
そして最近、シリウスはいなくなった。"ごめん、絶対に帰る"と走り書きされた紙がテーブルの上に乗っていた。どうして?いつ帰って来るの?本当に帰って来るの?無事なの?幾つも幾つも疑問が浮かんで来た。でも帰って来ない。
「名前だね」
シリウスがいなくなって何日がたったのか分からなかったけど、男の人がやって来た。荒れ果てた部屋に、静かに立つ男の人。じっと私を見つめていた。そして、言った。
「シリウスはもう帰って来ない」
いつだろうか、シリウスが笑って言った。
「名前は俺がいなきゃ駄目だな」
そのとおりだよ、シリウス。あたしはあなたがいなければ駄目なんだよ。植物が光と酸素と水がなければ芽を出さないように、人間が酸素がなければ生きていけないように、あたしはあなたがいなければ生きていけないんだよ。だから離れないで、抱き締めて、キスして、名前を呼んで、笑って、あたしの隣で。
ねえ神様、あたしはシリウスがいれば良いんだよ。シリウスがいないと狂っちゃうよ。あたしからシリウスを取り上げないで。そんな大それたことなんか願ってないはずだよ、神様。あたしは、今までの日常がただ続けば良かっただけなのに。
それからあと、なにがあったのかはおぼえてない。