私の後ろにはシリウスがいるとわかっているからそのまま真っ直ぐを向いて歩く、でもやっぱり不安だから時々後ろを向くけれどその度にシリウスは微笑んでくれるから私は安心して前を向いて歩く。
裸足に纏わり付いて来る海水と泥が気持ちいい、気付かないほど見えないほど小さな傷がぴりぴりして痛いけど。
「ふんふふーん」
「何だよ、その歌」
「べっつにー」
「変な奴」
その変な奴に告白してきたのはシリウスだよ、残念ながら。とは言えないんだなぁ。確かに普通の女はドレス姿で右手に真っ白な百合のブーケ、左手にピンヒールの華奢な靴を持ちながら裸足で波打際を歩いたりしないだろう。
「綺麗だったなぁ」
「リリーか?」
「他に誰がいるの。まさかジェームズと結婚するとは思ってなかったからなぁ」
「まぁな」
「人生って何が起こるのかわかんない。ジェームズとリリーがぎゃんぎゃん言い合ってた時からもう結婚だよ?ホグワーツに入学したときは7年なんて長すぎると思ってたのに」
「あっという間だよな」
「……これからの人生もあっという間なのかな、」
「あ?」
「やだなぁ、まだ20歳前だよ?おばあちゃんになるまであっという間なんて」
「どうしたんだよ」
「…別におばあちゃんになるのが怖いとかそういうわけじゃないよ。……ただシリウスとそんなに永く一緒にいられるのかなって」
「はぁ?」
「だって今の私、ただでさえ可愛くないんだもん。白髪が増えても皺が増えても、シリウスが好きでいてくれるような女でいれる自信ないよ」
「……確かにお前より可愛い女も美人な女も星の数程いるよ」
知ってる、あんなに世間と隔絶されたホグワーツの中でさえも私より可愛い女も美人な女はいっぱいいた。だけどホグワーツの中だけじゃなく世間に出てもシリウスはかっこいいんだ、ハンサムなんだ。だから私の気持ちなんてわかんないんだろうけど、少しは"そんなことないよ"って言ってほしい乙女心を理解してよ。
「それでも俺が好きなのは名前だけだから」
「え?」
「名前がどんなに不細工でも太ってても俺は名前を好きになったし、歳をとって白髪が増えても皺が増えても、俺のことを忘れても名前を愛してる」
不意打ち、ずるい。
正装した女が裸足で波打際を歩いてるだけで滑稽に見えるのに、その女が涙を流していたらもっと滑稽じゃない。
「ばか、」
「そのばかを好きなのは?」
「…私、だよ」
「俺は俺よりばかな名前を愛してる」
脇目もふらず目の前で微笑むシリウスの胸に飛び込みたくなった。愛しい、シリウスが愛しい。
「……私だって、シリウスがどんなに不細工でも太ってても私はシリウスを好きになったし、歳をとって白髪が増えても皺が増えても、私のことを忘れてもシリウスを愛してる」
「…ボキャブラリーがない奴」
「…敢えてだよ」
「知ってるさ。………おいで、名前」
「…何で」
「凄く抱きしめてもらいたいって顔、してる」
「……本当、シリウスってばか」
正解だよとは言えずに、私はシリウスの胸に飛び込んで肺をシリウスの匂いで満たした。持てる力の限りシリウスを抱きしめる。どんなにシリウスを抱きしめて、シリウスに抱きしめられてもいつかは出来なくなる日が来るんだ。漠然とした不安は決して消えることはないだろうけど、シリウスの腕の中でだけは消えるはずだ。
「……これからもずっと、抱きしめてくれる?」
「当たり前だろ、ばーか」