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レギュラスも入学してきてからしばらく経った。レギュラスとは相変わらず話すけれど、あいつがグリフィンドールに入学してから家の状況が一変したらしかった。言葉にしていなくても端々に感じるその状況だからこそ、話題にすることなど出来なかった。そして変わったことといえば、あいつが何となく、それとなく、わたしの視界に入ってくることだった。わたしはあいつを認識すればするほど、自分が惨めになることが分かっているから視界に入れないように努力しているにも拘らず、そのようなことが起こっていたのだ。更に悪いことに、時々話しかけてくることさえあった。理解が出来なかった。話題は特にこれといったことはなく、わたしはあいつが称したようにつまらない人間なので、たとえば天気の話をしたり、最近読んだ話をしたりするだけだった。わたしがブラック家に行っていた時の態度や、入学直後の態度は何だったのだと思うほどに穏やかだった。わたしはあいつの目の前に立つだけで、生きた心地がしなかったし、消えてしまいたくもなった。あいつはそんなことには気付いていなかっただろうし、わたしの気持ちなんて考えもしないはずだった。怯えながらも、なぜか話しかけられるのが当たり前になってきた頃、レギュラスはわたしに告げたのだ。あいつが家を出て行ったと。何かの冗談だと思った。だが、レギュラスがこんな冗談を言うはずなどないし、言っているような表情でもなかった。ただ、相槌を打つだけで精一杯で、レギュラスはすぐわたしから離れて行ってしまった。図書室の柔らかな光の中、わたしはぼんやりとあいつのことを考えていた。考えれば考えるほど、事の重大さが染み渡っていくのだった。指先が冷たくなっていくのだった。


どうしたんだよ。


あいつはわたしの前に現れた。心臓が止まるのではないかと思った。あいつはじっとわたしを見つめた。わたしは自分でもわかるくらい震える声で、あいつにレギュラスが言ったことが本当かどうか確認をした。あいつは少し目を見開いて、ひとつ頷いた。


もう、いいだろうって思ったんだ。

どうせあいつらにとっては、レギュラス以外の息子は必要ないはずだ。


あいつはゆっくりとわたしに近付いてきた。すっきりとした表情を携えて、それがわたしには恐ろしかった。あいつが、ブラック家の息子ではなく、単に、ひとりの人間だと、男の人だと思い知らされるようだったからだ。椅子に座っているのを忘れて後退りしようとしたわたしは椅子から落ちそうになった。急激に距離が縮まって、わたしの手をあいつが掴んだ。存外冷たい手だった。


どうして、俺から離れるんだよ。


恐ろしかったのだと素直に答えることなど出来ず黙っていると、わたしの手を更に強く握り締めた。心臓がやかましかった。そして、どうしてあいつはわたしの手を掴んでいるのか、どうしてわたしのそばにいるのか、疑問がずらずらとぐるぐるとわたしの頭の中を巡った。


君だけは、離れるなよ。


まったく意味のわからない懇願だった。こんなわたしはそもそもあいつに近寄ったことなどないし、あいつから離れようとあいつに負の影響など与え得ないはずだと考えた。


君って、どんかんだな。

なんで俺が話しかけてくるのかわからなかったっていうのか。

俺がつまらないって言ったのは、君の声を聞きたかったからだ。君の表情を変えてみたかったからだ。

俺がやかましいって言ったのは、君がレギュラスとしか話さないのが悔しかったからだ。俺とも話して欲しかったからだ。

俺がかわいそうだと言ったのは、俺がそばにいたいと思ったからだ。俺だけを見て欲しかったからだ。

どれもこれも、俺は言葉が少なくてどうしようもないけど、それでも、君がすきなんだよ。


おかしなことにあいつの表情は嘘をついているように見えず、わたしは逃げ出した。