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買い物から家に着いたとき、リリーの雌鹿の守護霊だけが暗いリビングで光っていた。心臓が一瞬止まったように感じて、その直後にバクバクと勢い良く拍動する。リリーが守護霊を使って連絡することはあまりない。そんなに緊急性がない用事以外はふくろうだ。なにが、あったの?リリーの声で守護霊は「私の家に来て、今すぐ」と言ったかと思うと消えた。サッと血の気が引いて行く。ぐちゃっと足元で卵が割れた。どうでもいい、早く行かなきゃ。これほどまでに強く3Dを意識したことなんてない。狭い管をくぐり抜けて行くような感覚の後、リリーの家に姿あらわしすると、へらへらとしているポッターと優雅に紅茶を飲んでるブラックとそんな2人を腕を組んで睨みつけているリリーが目に入った。


「な、に……?」

「聞きなさい、名前」

「う、うん、聞いてる……無事だったの?」


3人が無事でいることにぼろりと熱い水滴が目から零れた。足ががくがくして冷たい床にへたり込む。リリーがギョッとして私に駆け寄る、けど私はリリーに抱きしめられるより先にブラックに抱きしめられていた。どくどくと動くブラックの心臓の音に涙が止まらない。


「だから、大袈裟だって言っただろ」

「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのよ」

「リリーを睨みつけないでくれないか」

「だったら泣かすなよ」

「違うのよ、名前。別に危険な目にあったわけじゃないの、ただ2人が馬鹿なことをしただけで、あなたにも説教してもらいたかったのよ。……守護霊を使うのは大袈裟だったかもしれないけれど」

「……馬鹿なこと?」

「言うなよ」

「いいえ、言わせてもらうわ。あなた達がバイクを乗り回してマグルの交通法を守らずに警官に捕まりそうになって魔法を使って逃げ出したってね」

「…………え?」


涙が引っ込む。ブラックを見ると私から目を逸らした。そしてポッターを見るとにっこりと笑って頷いている。2人の反応は、今リリーが言ったことは事実だと言葉にしなくても表している。な、何それ……。何を考えているのかわからない。悪ふざけにも程がある。ブラックの腕を外すように掴むけれど、力を込められてしまう。


「は、な、し、て!」

「嫌だ、怒ってるだろ」

「当たり前だよ!何やってるの!?」

「単なる遊びだ、何もそんなに怒る必要はないだろ」

「……なに、それ」

「え?」

「マグルを魔法でからかうのは遊びだっていうわけ?」


ブラックの腕が一気に脱力する。ゆっくり腕を掴んで私はブラックから離れた。リリーが私にまた駆け寄る、今度は私の腕にちゃんと触ることが出来たみたいだ。まぁポッターが邪魔することはないだろうけど……多分、私にヤキモチでも焼いていない限り。


「……ブラックがしたことはあいつらと何が違うの?」

「そういうつもりじゃなかった」

「じゃあどういうつもりだったの?」

「…………」

「まぁまぁ名前、そこまでにしてくれないかな。僕も耳が痛いよ」

「だったら黙ってて」


リリーの力が強まった。出来る限り優しくリリーの手を握ると、握り返してくれる。……相変わらずだ、3人とも。今回の件に関してはリリー以外は悪い意味でだけど。


「二度としないで」

「………あぁ」

「……心臓、止まると思ったんだから。今日は任務だって知ってたし」


もし何かあったら、と思わずにはいられない。いつだってずっとそばにいられるわけじゃないから。またぼろぼろと涙が零れる。鼻の奥とそこから繋がる頭の内部が痛い。鼻を啜るとブラックが私に手を伸ばして涙を拭ってくれる。やったことはもちろん許せないし、信じられない。ホグワーツを卒業してもそんな幼稚なことをするなんて本当に有り得ない。それでも、無事で良かったと、私に触れてくれることが幸せなんだと、そういう風に思ってしまう。私だって何が違うの、という感じだ。結局ブラックを第一に考えてしまうのだから。


「……なぁ」

「知らない」

「……あー、今日な、任務が、その、早く終わって、ジェームズとバイクで、さ、うん、興奮冷めやらなかったというか」

「知らないってば」

「………名前」


……そんな声で私の名前を呼ばないでよ。ブラックのことを見たら絆されてしまう気がして見られない。ブラックの手を避けてリリーにぎゅっと抱き着く。柔らかく包んでくれるリリーに安心する。優しく背中を撫でてくれるから、なおさら強く抱き着いた。


「泊まっていく?もちろんジェームズは追い出すわ」

「な……っ!」

「いいの?」

「名前、頼む、僕とリリーの時間を邪魔しないでくれ」

「良いじゃない、名前とはなかなか会えないのよ」

「で、でも……!」

「………大丈夫だよ、2人の邪魔したくないから」

「あら、そう?じゃあ今度絶対ね」

「うん、1週間くらいね」

「ええ」


さーっとポッターの顔が青ざめていく、いい気味だ。とりあえず何にも持ってきてないから断るだけ。いつも一緒にいるんだから1週間くらい私にくれたっていいのに。どれだけリリーのことがすきなんだろう、いや、すきなんだろうけど。


「帰るの?」

「私はね」

「またね」

「うん、またね」

「お、俺も帰る」

「そう」

「……名前」

「何」

「…………今日、約束してただろ」


ブラックが私の手を掴む。形が良い眉根が寄せられていて、不機嫌そうだ。自業自得だと思うんだけど。はぁ、と溜め息をつくとさらに手の力が強まった。……ああ、もう、私ってブラックに弱い。結局今日の買い物だってブラックが好きな食べ物ばかり買ってしまったし、1人で消費するには多すぎる量だ。……今日一日で消費する必要はなくても。くすくすとリリーの笑う声が聞こえてくる。もう、嫌になっちゃう。はぁ、ともう一度溜め息をついて、ブラックの手から自分の手を抜き取らないままリリーの家を出る。


「お、おい、帰るのか?」

「帰るよ」

「………俺も、いいのか?」

「知らない」

「……そうか」

「…………」

「………あのさ、バイクで」

「バイクが何」

「……じゃあ、姿あらわしは」

「姿あらわしが何」

「…………」

「私はチューブに乗るから、ご自由にどうぞ」


もう怒ってはいないけど、今はバイクに乗る気分でも姿あらわしをする気分でもない。ブラックは私の手を離さないでそのままついてくる。……やっぱり甘いのかもしれないけど、何だか可哀想になってきた。それでも素直になれそうにないから、とりあえずブラックの手を少しだけ強く握り返して、歩調を緩めてブラックの横に並ぶようにして歩く。本当に、何にもなくてよかった。手を外してブラックの腕に腕をからめる。左側に感じるあたたかさに、何だかまた涙が出そうになった。


「もう、しないで」

「……ああ」


だんだん近づいてくるブラックの顔に目を閉じた。いつまで経っても慣れることなんかない。もう暗くなっていてよかった。私の顔はきっとものすごく赤いだろうから。




まるこさま、リクエストありがとうございました!
「そのときまで、のそのあと」