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昨日、あのまま眠りこけて気付けば夜になっていた。もちろん授業は出ていない。アリスは出たみたいだけれど。そして、わたしのもとにはあの灰色のふくろうがやってきた。くりくりとした頭を撫でると目をぱちぱちとさせた。相変わらず可愛かった。でも、わたしが彼に頼むべきことはひとつしかなかった。急いで羊皮紙を取り出してただ一言だけ書きつけた。あの灰色のふくろうはもう一度わたしの手に擦り寄ってから飛び立っていった。わたしはそのときに気付いた。あの灰色は、ブラックの瞳の色だ。そしてわたしはベッドに潜り込んで、朝を迎えた。今日の授業は、魔法史と薬草学だ。だから、わたしは手紙でPにあるお願いをした。あの灰色のふくろうはきっと届けてくれるだろう。


「……本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ」


アリスは相変わらず女神みたいに優しい。今日は私からハグをすると、やめなさいと照れたように怒られた。可愛いなぁ。わたしがへらっと笑ってアリスに頷くと、心配そうな顔をしながらも先に寮へ帰ってくれた。これはわたしがアリスにお願いしたことだ。薬草学が終わってみんなが校舎へ向かっていくけれど、わたしは温室から離れて、暴れ柳にできる限り近付かないようにしながら湖のほとりまで辿り着く。


「寒くないのか」


背後から聞こえた声にびっくりはしない。一昨日とは違う。わたしがお願いしたから来てくれた、ってわかっているから。ゆっくり振り返ると、相変わらず困った顔をしていた。この数日でブラックの印象は完全に覆されたと言える。だって、こんな表情をするなんてちっとも思っていなかったもの。平気だよ、とブラックに答えてからブラックに改めて向き直る。


「聞きたいことがあるの」

「……何だよ」

「どうして手紙の相手がわたしだって知っていたの?」

「………それは、あの教科書が俺のものだったからだ」

「え?」

「俺が魔法薬の教科書を忘れて、そのままにしていたんだよ。それで、君のメモが挟まっていることに気付いた。だから俺はスラッギー爺さんに、誰か他に教科書を忘れたやつがいないかって聞いたんだ」

「……それでも、わたしのことなんか知らなかったんじゃないの?」

「知っていたんだよ。前から」


ブラックの言葉に目を見開いた。何で?わたしのことを知っていたってどういうことなの?わたしを知っている人なんかいないと思っていたのに。ブラックはもう困ったような顔などしていなくて、わたしをじっと見ている。頬が熱くなる。近くにいるわけでもないのに、ブラックの目はわたしを縛り付けているみたい。


「薬草学で、一番丁寧に一生懸命に作業するのは君だった」

「……え?」

「綺麗なやつを扱うときは特にな。あと、魔法生物飼育学も、可愛いのが出てくるとふらふら近寄って君の親友や先生に怒られていただろ」

「そ、そんなこと、覚えて……」

「俺と一緒に作業したことは覚えているか?」

「……何の教科で?」

「どっちもさ。あのとき、君は俺が一緒だっていうのに、作業に夢中になってた。他の生徒とは違って。薬草学の時も手際が悪いのに必死になってやるし、魔法生物飼育学の時も毒を持ってるやつでも可愛いからって簡単に手袋無しで手を出すし」

「は、恥ずかしい……」

「だから、気になったんだよ。君のメモが挟まっていたと知った時にはチャンスだって思った」


ブラックが私の方に近付いてくる。距離が縮まるごとに拍動が激しくなっていく。あと1メートルのところでブラックが立ち止まった。


「でも、俺だって明かす勇気は無かった。グリフィンドールのくせにな」

「……どうして?」

「手紙のやり取りを続けていくうちにどんどん君のことを知りたくなった。俺だって知ったらどう思うかわからなかったんだよ。……ジェームズにはそれで発破かけられたけどな」

「………わたしは、あなたが誰なのか知りたかった」

「何でだよ」

「だって、Pのことがすきだったんだもの」

「………は?」

「ずっとずっと気になっていたの、でもPが伝えたくなかったのは伝わってきた。だからわたしはPにとってただの文通相手だと思っていたの。わたしなんか何とも思っていないんだって」

「そんなこと、」

「わたしにはわからなかったの!ちゃんと言葉にしてくれなくちゃわからないんだもの!……わたしはPと文通を続けていられて幸せだった。これからだって続けたい」

「……それはPとしてだろ、君がすきだったのはPじゃないのか」

「あなたはPでしょう?自分がPだって言ったのに。どうしてわたしの気持ちを認めてくれないの!?」


視界が潤んでいく。上手くいかない。やっぱりどうやって話したらいいのか、伝えたらいいのかがわからない。わたしがPに救われていたのは本当で、わたしがPに惹かれていたのも本当で、Pがブラックであることに驚きはしたけれど、それでもPのことがすきだから、つまりそれは、


「お、落ち着けって」

「うぅ……」

「……泣くなよ、君に泣かれたらどうしていいかわからないんだ」


優しくわたしの頭を撫でてくれるブラックの手はアリスとは違っていた。男の子の手だった。男の子の手なんてそんなに知らないけれど、それでも男の子と感じさせる手だった。何でわたしは上手く伝えられないの?目元を強く擦るけれど、痛いだけで涙は止まらない。そんなわたしをブラックは撫で続けてくれる。それがさみしいときに読んでいたPからの手紙と重なりあう。


「……Pがブラックだったとか、そういうことは関係ないの。名前なんてどうだっていいの、Pでも、ブラックでも、それこそマーリンだってアルバスだって。わたしがすきなのはあなたなの!」

「…………」

「でも、あなたが何をしたいのかわからない。一昨日もらった手紙を読んでもわからなかった。どうしてわたしに正体を明かす気になったの?どうしてわたしとこれからも交流を続けたいなんて思うの?」

「……君って、何というか、率直だよな」

「え?」

「そういうところがすきだ」

「す、すきって……?」

「そういうことだよ、俺は君がすきだから、君にPじゃなくてシリウス・ブラックとして見てほしかった。文通を続けていくにつれてどんどん君に惹かれていった。君がくれた誕生日プレゼントだっていつも着けているのにいつまで経っても気付いてくれない。だから、これからは手紙だけじゃなくて、本当の君と向き合っていきたい」

「…………あ、」

「俺は、君がすきなんだ」


ブラックが腕を突き出してわたしに見せてくれたのは、わたしからの誕生日プレゼントだった。間違いなく、Pにあげたブレスレットだった。わたしももらったものを見せようとして、思いとどまる。そうだ、壊されてしまったんだ。ブラックがくれた宝物、ブレスレット。また涙が出てくる。


「ご、ごめんなさい……」

「……え?」

「わ、わたし、もらったもの、壊されちゃって……」

「……は?」

「ちゃ、ちゃんと管理していなくてごめんなさい」

「…………その謝罪はブレスレットに対してだよな?」

「え?」

「俺の気持ちに応えられないから謝ってるんじゃないよな?」

「………あっ!ち、違う!」

「なら良かった、……って良くはないけどな」


ブラックが笑う。許してくれるの?わたしの目元を優しく拭ってくれるブラックの指は優しくて、また涙が出てきそうになる。ポケットから取り出した壊れたブレスレットごと、わたしの手を握りしめてくれたブラックの手は温かかった。


「壊されても捨てないでいてくれたんだろ」

「……捨てられるわけがないよ、ブラックがくれたんだもの」

「それだけで十分だ。……まぁ、それを壊したやつは許せないけどな」

「……でも、壊されなければわたしはポッターが流してくれた噂に気付かなかった。許せないけれど」

「……これからも、誕生日プレゼントを贈る。噂でなんか壊されないように、君を守る」

「わたしも、ブラックに贈るね」


ふたりで笑い合う。ほぼ初めて話したとは思えないくらい自然に。……いや、わたしたちはずっと会話してきたけれど。それでも、わたしはこうして繋がった手に、欠けていたピースが嵌ったように感じた。まさかわたしなんかがあのシリウス・ブラックと恋人同士だなんて信じられなかった、噂が流れていても、噂がこうして真実になるとしても。そして、本当に人生って何が起こるかわからない。信じられないことが、想像もできないことが、平凡だと分かり切っていたわたしの身にも起こりうる。それがこの9日間でわたしが学んだこと。こうしてPと、ううん、ブラックと、隣り合っていられるなんて、紙越しではなくて面と向かって話していられるなんて、本当に縁とは異なもの味なものだ。神様、ありがとう!