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賭けだ。寒くないはずなのに手が震えている。荷物を持つ手に力が入らない。見開かれた灰色の瞳をじっと見つめる。この夜を一緒に過ごしたとして、何も起こらないことを期待している。何かが起こることを期待してもいる。


「やめておくよ」


ひらっと手を振り私から目を逸らす。想像通りの回答に曖昧に笑う。そうだよね、とわたしも答える。やはり会いたかったのはわたしだけだったということだ。やはり話したいのもわたしだけだったということだ。風がふいている。もう涙さえも流れそうにない。すっきりとした気持ちで満ちている。


「積極的な女になったんだな」

「……すぐそこに直結する思考しかできない方が下品」

「相変わらず可愛くないな、久しぶりに会ったっていうのに」

「会いに来なくなったのはどっちだか」

「…………ああ、そうだったな」

「何度も行ったの、あの公園に。……会いたかったから」

「あの時に言ってくれよ」

「……そうだね、もう遅いか」

「………相変わらず、素直じゃないな」


わたしの頭をかつてのようにくしゃりと撫でる。その手を掴み頬に擦り付ける。硬い手だ。あのときは届かなかった手がわたしの手の中にある。徐々に込められていく力に悦びを感じ、わたしもゆっくりと握る。わたしの手を引っ張られ、頬に擦り付けられる。冷たい頬だ。わたしの手に冷たくやわらかい唇が押し付けられる。紳士のようだ。


「消えたいと思ったことって、ある?」


あの最後の時にされた質問を問い返す。灰色の瞳がわたしを見つめる。わたしの声は震えている。わたしを掴む手も震えている。灰色の瞳が細められ、笑みを浮かべる。


「どうして?」

「あるんだね」

「ああ。君はないんだろ?」

「……あるよ。あの最後の夏」


わたしの頭をまたくしゃりと撫でる。その手にまた泣きそうになる。さっきまではすっきりしたつもりだったのに、このまま離れてしまいたくない。この再会出来た、二度目の奇跡のような偶然を失いたくはない。わたしの目からそれを察したらしい。わたしから距離を置いていく姿に、しまったと感じてしまう。それでも、仕方ないとも感じてしまう。


「じゃあ、またね」


わたしから別れを切り出すのは意地だ。


「相変わらず、素直じゃないな」


また同じ言葉を繰り返される。無理矢理に笑い、今度はわたしから距離を置く。頭を撫でてもらい、手を握ってもらい、灰色の瞳にわたしを映してもらえた。十分だ。部屋に戻らなければ今この場で泣いてしまうかもしれない。また唇を噛みしめ家の扉へと向かう。また手を引っ張られ、後ろにつんのめる。行かせてほしい。これが本当に最後だろうから、きれいに終わらせたい。


「俺だって、会いたかったさ。俺だって、あの最後の夏は消えたかったんだ」


吐露するような声に、ぼろぼろと涙腺が壊れたように涙が流れていく。


「何で、今なんだよ」


拭ってくれた手にまた溢れる。落とされた唇はわたしの唇に一瞬だけ触れる。そしてもう一度、そして何度も繰り返される。死にたくなるほど幸福で、残酷だ。