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見た目は普通のバイクだ。けれど、わたしはバイクに乗ったことがない。手を取られ、やっと立てるようになったわたしを送ってくれるらしい。いつの間にこんなに紳士になったのだろうか。もともと気品がなかったわけではないけれど、送ってくれるなんて初めてだ。もしかすると、さっきのことを話してくれるのかもしれない。そして、何故突然消えたのかということも。単なる私の期待でしかないのだけれど。


「突っ立ってないで、早く乗れよ」

「……どこに?後ろ?」

「当たり前だろう、運転でもする気か?」


ふいっとまるで子供のように顔を逸らすと、笑い声が聞こえる。前に戻ったように感じる。それに付随して思うのは、この5年を気にしていたのはわたしだけだったのかもしれないということだ。会えたことの喜びが一気に冷めていく。振り切るようにバイクの後ろに跨ると、鼻腔を刺激したのは香水の、知らないかおりだ。しっかり掴まれ、という言葉に、肩を掴む手の力を強める。エンジンの音が強く唸り、道を走り出す。前住んでいた家でいいのか、という言葉を肯定する。知っていたのか。無言のまま後頭部を見つめる。そこからは何も読み取れない。何故だか泣きそうになり、唇を噛みしめる。バイクの音に目を閉じる。バイクの音が大きくてホッとする。わたしの泣き声が聞こえないだろうからだ。


「ここでいいのか?」

「ありがとう」

「ああ」


もし歩いていればもう少し話が出来たのかもしれない。バイクから降りると、まだ振動が残っているように感じる。わたしと同様に降りたった姿はまるで雑誌のワンページのようだ。身長はあの時よりも伸びた気がする。気まずくなって目を逸らす。何を話せばいいのかわからない。


「どこまで見た?」

「……え?」

「さっきのことだ。何が起こっているか見えたか?何を見た?」

「な、何も」

「嘘だな、言え」

「本当に、何も見てない。ただバシッという音と、赤い閃光だけ」

「…………」

「どうして?」


灰色の硝子玉がわたしをじっと見つめ、首を横に振る。何も、と言われたが、それが嘘だということはすぐに分かってしまう。誰もいない道の上で沈黙が落ちる。聞こえるのはバイクのエンジンの音だけだ。どこかでパトカーの音も聞こえてくるけれど、わたしたちには関係がないはずだ。


「……上がっていく?」