×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

あの男の人の気持ちが嬉しくないはずがない、嬉しいに決まってる。でも同時に私はあの男の人から逃げてしまった、という自分が腹立たしくてあの人に申し訳ないという気持ちで綯い交ぜになってしまった。ぐるぐる頭の中でずっと考えて、さらにその間ずっと雨に濡れたままだったから風邪をひいた。風邪をひいたのなんて久しぶりだった。木曜日は休んで良いというスーザンさんの優しい電話越しの声。どっちにしたってあの男の人と会ってもどう接客したらいいのかわからなかった。接客なんて出来たら良い方。仕事だからきちんとしなくちゃいけないのはわかっているのだけれど。

そして土曜日の今日、風邪を治した私はショーンさんと開店準備をしている。


「もう大丈夫?」

「はい、ご迷惑をおかけしてすみません」

「いや、俺も風邪ひいたし」

「あ……じゃあ、お互い気を付けましょうね」

「ん。………そういえば君が休んだ日、あの男も来なかったんだ」

「……え?」


いつも君に会いに来ていたのにどうしたんだろうね、という言葉に何とも答えられずに、私はまた逃げるように箒と塵取りを持って店の外に出る。月曜日とは打って変わって真っ青に晴れ渡った空に目を細めた。空とは裏腹に私の気持ちはどんより濁っていって、花を見ても気が晴れない。ざっと掃いてから看板をOPENにしてすごすごと店内に戻る。

赤く染まってきた空を窓越しに見つめる。そろそろ閉店準備を始めなくてはいけないのに、ショーンさんとスーザンさんが明日の仕入れを確認するのに市場へ出掛けたのを良いことにぐずぐすしていた。今日もあの男の人は来なかった。それを受け入れたくなくて、お店を閉めたらそれを受け入れざるを得ない気がして。あの男の人の名前さえも知らない私は、このお店やあの喫茶店に来てもらえない限りあの男の人に会うことすら出来ない。……もしこのまま何の変化も起こらず、あの男の人がこのまま来てくれなくなってしまったら、もう終わり。もう会えない。夕空に染められて赤い薔薇が更に赤く染まる。花が歪んでただの色にしか見えないのは私の目に涙が溜まっているから。泣いてしまえば消えるのだろうか、気付いてしまったこの気持ちをなかったことにすることができるのだろうか。カウンターに突っ伏し、涙を流れるままにした。カランカランとドアベルが鳴って、慌てて起き上がる。


「まだやってるよな?」

「……え?」


ぽかんと口を開けたままお客さんを見つめる。ぱちくりと灰色の瞳が瞬いてお客さんも私を見つめる。泣いていたから顔はぐちゃぐちゃでパッと手で顔を覆った。見られてしまった、一体全体どうしてここにあの男の人がいるんだろう。


「何で泣いて――」

「泣いてないです!本日はどういうご用件ですか!」


思った以上に荒い口調で言ってしまった。どうしよう、と思った瞬間にまた涙が溢れそうになる。これ以上嫌われてどうする、と自問するけれど答えは出なくて、また俯いてカウンターをじっと見つめる。


「あー……その、この間はいきなりごめんな」

「…………」

「あいつは、その、俺の親友の奥さんで、俺が毎回君のところで花を買ってるのを知ってたんだよ。で、一緒に来ていたのが2人の息子のハリー。俺が名付けたんだ」

「…………」

「あんな形で気持ちを伝えることになって、俺もびっくりしているけど、あのとき君に言ったことは嘘じゃないから」


それだけは信じて欲しい、傷付けてごめん、と言ってカウンターの上に手を乗せられた。信じている。受け入れている。むしろ、私の気持ちも受け入れてほしいとさえ思うのに、言葉にするのがこんなに大変だなんて。落ちそうになる涙を必死に堪える。じゃあ、と掛けられた声。

もう会えなくなってしまう?

まるでさよならのよう。バッと顔を上げるともう出て行ってしまいそうな背中。居ても立っても居られずカウンターから飛び出す、と視界が傾いで足に衝撃と音が響いた。


「……っ!」

「だ、大丈夫か!?」


私に駆け寄って手を差し伸べてくれる。その手をギュッと掴んだ。冷たい手、震えているみたい。離したくない、このまま手を繋いでいたい。


「行かないでください」

「……え?」

「傷付いてなんかいないです、むしろ傷付けてごめんなさい」

「あぁ……いや、そんなことないけど」

「私、ずっと不思議に思ってました。何で私が働いてる日に毎回来てくれるのかって。期待してたんです、でも実際その通りだったらどうして私が、なんて思ってしまって、逃げてしまって」


つらつらとべらべらと吐露していく、それを相槌を打ちながら聞いてくれることに心地よさと申し訳なさを感じつつも、止まらない。相手の目を見ないまま。だからどう思っているのかも感じ取れない。


「すきなんです」


ぽろりと零れた言葉と涙。顔を上げると灰色の瞳が大きく見開かれていた。ガラス玉のよう。でもつめたいとは感じない。繋がったままの手はもうあたたかい。


「……本当に?」

「はい」

「………信じていいのか?」

「これだけは信じて欲しい、です」


与えられた言葉をそのまま繰り返すとギュッと強く抱きしめられた。あたたかくて尚更泣いてしまう。肩越しに目に入ったのは3本の薔薇。




ある花屋でのお話