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あの日から、あの男の人は私がお店にいる日にいつも来てくれるようになった。私がいる日を把握しているのか、それともこの曜日に花を買わなくちゃいけないのか、それともこの曜日が彼の都合が合うのかはわからない。ゾーイは興味津々で、スーザンさんにも知られてしまった。だからあの男の人が来るたびスーザンさんはウィンクをしてくる。意識してしまうからやめてほしい。

そして月曜日の今日は雨。いつもだったらお店にいる時間なのだけれど、スーザンさんは家族の集まりがあるらしくてお店は休み。出勤してからそう聞いたものだから、何だかすぐ帰るのも虚しくて、あの男の人がいつもいる向かいの喫茶店に来ている。ここからは本当にお店がよく見えるのだと知った。カランとドアベルが鳴り、目を向けると入って来たのは真っ赤な髪の毛で緑の目をした女の人と真っ黒でくしゃくしゃな髪をした男の子。2人は私の背後の席に座ってメニューを読み始めた。この年頃のこどもなのに静かにしているなんて偉い、と思っていると、またドアベルが鳴る。思わず目を向けるとあの男の人だった。そうか、いつもこの曜日に来ているんだから会っても不思議じゃない。話しかけるべきか、と逡巡していると、私の背後の席に座った。


「もう来てたのか」

「ええ、ついさっき」

「ハリー、良い子にしてたか?」

「うん!」

「あら、今日はお花はないのね?」

「ああ、店がしまっていたからな」


ドキッと心臓が動く。お店で買ってくれていた花束はあの女の人にあげていたみたい。ということは、奥さんと息子さんなのか。奥さんに花束を贈っているなんて素敵、と思うと同時に何だかがっかりしたような、切ないような、泣きたくなるような気持ちで胸が苦しい。期待していたみたい、あの男の人は私に会いに来ている、と。なんて愚かなんだろう。私はあの男の人の名前さえも知らない、単なる花屋の店員なのに。


「もう花瓶が足らないのよ。毎回買ってきてくれるから」

「他に渡せる奴がいなかったんだ」

「我が家は都合が良い処理先ってことかしら?」

「いつも悪いな」

「まぁ良いわよ。花は綺麗だし、それにあなたにとっては噂の花の君にアプローチする唯一の方法みたいだし?」

「……おい、からかうなよ」

「あら、いいじゃない。全く笑っちゃうわ、あなたほどハンサムな男がすきな女の子に名前さえも聞けないなんてね」


カシャーンと音がして、店内が静まり返る。音の発信源は私。スプーンを落としてしまった。あの男の人はまさに呆然とした顔でこっちを見ている。私も見返す。段々と顔が熱くなってきてもうどうしたらいいのかわからない。くしゃくしゃな髪の男の子が立ち上がってスプーンを拾って、大丈夫?と聞いてくれたけど、間抜けに頷くことしか出来ない。なんてことを聞いてしまったのだろう、まさに青天の霹靂。あの男の人が立ち上がって近付いてくる。ギュッと目を瞑りたい衝動に駆られるけど堪えた。私を見つめる灰色の瞳が、ちりちりと燃えているよう。


「そういうことだから」

「……は、」

「俺は君がすきだ」


情けないことに花を買うことしか出来なかったけどな、と笑ったあの男の人から、自分の伝票を引っ掴んだ私は逃げ出した。




いに、知ってしまった