「あ、ありがとうございます」
「……いや」
ブラックくんのことは知っていた、だって有名だもの。わたしの友達だって何人も話し掛けたがっている。い、今の状況は違う、わたしの鞄の持ち手が切れたのも偶然、そこにブラックくんが居合わせたのも偶然。だからわたしのことを睨まないで欲しい……!!ブラックくんは親切心でやってくれているだけなんだから……!!出来る限り急いで自分の持ち物を掻き集める。鞄の持ち手はあとで直せばいいから早くこの場を立ち去りたい。
「待て」
「ぅえっ!?」
「……何で壊れたままで行こうとするんだよ」
「な、何ーー」
「レパロ」
わたしの鞄を掴んで杖を向けて唱えた呪文は一般的で基本的なもので、魔女なら知っていて当然と言っていい。何で思い出せなかったんだろう、そもそも壊れたままだったらまた廊下に広げてしまうかもしれないのに。
「な、何から何まですみません……!」
「いや、ただ拾ったり直したりしただけだろ」
「それでも、です。ありがとうございます」
「だから、いいって」
ブンっと力強くわたしの前にわたしの鞄を突き出してくる。今までの印象と変わらず少し怖い人みたい。ただ、手伝ってくれてありがたいけど。慌てて鞄を受け取ろうとすると、わたしの指先がブラックくんの手に触れ
「っ!?」
ガシャン、とガラスが割れる嫌な音がして、白い鞄に黒のシミがじわじわ広がって行く。あ、割れちゃった……。
それからブラックくんとはすれちがったら会釈する程度の仲になった。これまで意識していなかっただけで、案外同じ授業も取ってるし、大広間で食事するときも席が近いし、教室移動の道で会ったりもする。あの出来事の直後は申し訳なくて恥ずかしくて目が合うと逸らしてしまっていたけど、ブラックくんにむしろ傷付くからやめろ、と言われてしまった。確かにいきなり目を逸らされたら誰だって傷付く。
そして気付いたことがもうひとつある。わたしと会釈したあとのブラックくんの友達の反応。からかっているみたいだ。最初はわたしが馬鹿にされているのかと思っていたけど、違うらしい。ポッターくん曰く。もう少し待ってよ、と言われてしまった。
「何を待てば良いのか教えてくれる?」
「……ジェームズがそんなこと言ったのか?」
「うん」
「…………」
「い、言いたくないならいいんだよ?無理して言わなくても大丈夫だよ?」
「……いや、そういうわけじゃ、ないけど」
「そ、そうなの?」
ブラックくんは俯いて黙り込んでしまった。あたたかな日差しの下、湖のほとりというなんとも長閑な状況でわたしの心はまるでブリザードみたいに落ち着かない。どうしたんだろう。わたしが変なことを言ったのかな。むしろポッターくんかな。いやいや、人のせいにしたらだめ。
「お、お、俺は……!」
「うん?」
「そ、その……」
ブラックくんと知り合ってそんなに長い訳じゃないけれど、こんなに慌てふためいた姿は見たことがない。それだけアンタッチャブルなことを聞いてしまったのかな、無理して答えてくれなくても大丈夫なのに。……ブラックくんってもっと余裕綽々な人だと思っていた。話してみると普通の男の子で、勉強なんかより(といいつつ他の人よりも数段成績は良いのだけど)、悪戯したりポッターくんたちと遊んでいる方が楽しそう。わたしなんかと平気で話してくれたりするものだから、やっぱり何だか嬉しくて気恥ずかしくて堪らない。
「ぅえっ!?」
ブラックくんの手が伸びてわたしの手を掴んだ。グッと力強く握られた。カッと顔が熱くなる。ど、どうしてわたしの手を握ったりするのかな……!?心臓が早鐘を打つ。わ、わたしはどうしたらいいの?ブラックくんの顔を伺い見ると
「ま、真っ赤だよ……?」
「……うるさい」
「て、照れてるの……?」
「……照れてない」
「…………」
「……分かれよ、俺の気持ち!」
「ぅえっ!?」
ブラックくんはそのまま自分の胸にわたしの手を押し付けた。わたしと同じくらい、もしかしたらそれ以上のスピードで心臓が脈打っている。な、なにこれ……死んじゃうんじゃないのかな、ていうかなんで?
「お、おまえが、名前が」
「う、うん」
グイッと強く抱きしめられる。鼻の頭を強かにブラックくんの胸に打ち付けてジンジンする。こ、これって、わたし、う、自惚れていいのかな。だっていきなり抱きしめるって、そんな、まさか、うそじゃないよね?
「ずっと、見てたんだ」
ネズミ小僧さん、リクエストいただきありがとうございました!
まずは最初のリクエストにお応え出来ず、不快な思いをさせてしまったことを、再度お詫び申し上げます。私が言葉足らずなこともあり、ご迷惑をおかけしてしまったと思います。
そして改めていただいたリクエスト、「シリウス・ブラック夢でうぶな反応を見せるヒロインとシリウス」とのことでしたが、いかがでしょうか?“友情と悪戯を重んじる彼のことだから、逆に経験が全くないのでは”と仰られていましたが、私もそういうシリウスがだいすきなので、楽しく書かせていただきました。お気に召されると嬉しいです。
それでは、これからもanilloをよろしくお願いいたします!