朝起きて起き上がって顔を洗いに洗面所へと行く。鏡を覗き込むといつも以上に跳ね散らかった髪の毛でげんなりした。昨日の私はすべきことを忘れたのだ、つまりちゃんと髪の毛を乾かしたりとケアすること。ああ全く、私の馬鹿。だけど仕方ないとも思っている。
だって昨日は忙しかった。まさか帰ってくるなんて思っていなかったから、それもあんな時間に。お風呂に入って着替えて飲み物を飲んでる最中に帰ってくるとかすごくいいタイミングだった。別にそんなにいつもいいタイミングで帰ってくるわけではないけれど、帰ってきてくれたことが嬉しいのは事実。そのまま過ごして髪の毛もボサボサ。ちゃんとしなかった自分が悪いけど、間違ったことはしていないはず。
ブラシを通そうとしてもなかなか通らない。そんなに寝相は悪くないはずなのに、今日はひどい寝癖みたいだ。困ったな。杖はベッド脇にあるから取りにいくのが面倒くさい。髪の毛が痛むからいっそ魔法を使った方が早いかもしれない。大欠伸をしてブラシを元の位置に戻す。
「手で隠せよ」
「……見てたの?」
「ああ、しっかりと」
「もう今更じゃないの?」
「女としての恥じらいを忘れるな」
「はいはい」
「それと、魔女として杖ぐらいいつも持ち歩いておけ」
「……あなたは私の父親か何か?」
「恋人のつもりだけど」
恥じらいもなくさらりと言ってしまうところに弱い。一気に大欠伸したことが一生の恥のように思えてきた。いや、大欠伸を見られたことはもちろん恥ずかしかった。ちょっとした照れ隠しのつもりだった。なのにさらに恥ずかしくさせられるなんて。気を抜いていられない。杖を半ば奪うように取って、自分の髪に向ける。禿げたり傷んだりさせたくないから集中しようとするけれど、鏡越しに合った灰色の目に杖を落としそうになる。
「俺がやる」
「……何を?」
「髪の毛を梳かすんだろう」
「そうだけど……はい」
「何で杖?俺だって自分の杖ぐらい持ってる、魔法使いだからな」
「はいはい」
「ブラシ」
「え?」
「ブラシで梳かすから、ほら」
「……なかなか梳かせないから魔法を使おうと思ったのに」
「俺に出来ないことなんかないって知ってるくせに」
否定できないのが悔しい。ほぼその通りだからだ。私の手をあたたかくておおきな手が包む。寝起きのせいなのかいつもよりもあたたかくて、この体温に縋りつきたくなった。そういえばまだ顔も洗っていない、歯だって磨いていない。そう気付くとあたたかな手を離してすこしでも身だしなみを整えたくなる。それも今更か、と思うまで時間はかからなかった。手を引かれて鏡から自分の姿がフレームアウトする。
2人掛けにはすこし狭いソファに2人で座る。距離が近い。まるでひとつひとつの息が聞こえてきそうな距離。まるで愛撫するように優しく私の髪を梳いていく手に心臓が疼く。他の誰にもこんな風に触られたことなんかない。すん、と鼻を鳴らす音が頭頂部から聞こえた。
「いいにおいがする」
「え?」
「お前のにおいだ」
「…………」
「照れてる」
「照れてない」
「耳まで赤い」
少しかさついたものが耳殻をかすめる。さらに頬と胃のあたりの液体が沸騰したみたいに熱くて苦しい。後ろ手にシャツを掴む。女としての恥じらいなんて、髪を自分で梳かすどころか、最低限の身だしなみさえ出来ていない時点で、もう持つ資格なんてないけど、でも、
形の良い唇の横にかすめるようなキスをする。はしたないなんて言わないで。唇にはしなかったのだから。私は可愛い女の子のようにあなたにキスされるのを待っているのよ。
くれあさん、リクエストいただきありがとうございました!60000打を迎えられたのもくれあさんをはじめ、閲覧してくださる皆さんのおかげです。感無量です。
さて、シリウスで甘い感じでほのぼの、とのことでしたがいかがでしたでしょうか?気に入ってくださるとうれしいです。
それではこれからもanilloをよろしくお願いいたします!