ぼんやり、それが私の形容詞らしい。
「名前!行くよ!」
「ま、待ってよ……!」
「ほら、もうぼんやりしないで!」
最初は笑って済ませていたこの一言も、今ではずしんと全身に乗るみたいに重い。友達である(はずの)ニーナも最初は呆れ半分笑い半分だったのに、今では呆れ100%。確かに自分でもそう思う、私って、ぼんやりしている。人の2分の1、多く見積もって3分の2くらいのスピードでしか行動できない。そういう自分が嫌になることもある。前よりももっと嫌になってきている。それでもどうしたらいいのかなんてわからない。友達に「そんなこと、言わないで」なんて言えば嫌われるのは目に見えてるし、「事実でしょ」と言われればそれまで。そう、事実で自分が自覚しているってことがネック。私が全く空気が読めなければ、自分の言いたいことも言えたのに。……こういうの、無限ループって言うのかな。
「ミス名字」
「……え?」
「今は何の授業ですか」
「…え、えっと、変身術……」
「では、あなたの目の前にある教科書は何を指南するものでしょうか?」
「………魔法薬、です」
「そうでしょう。それぐらいあなたでも分かりますね。スリザリンから10点減点」
あからさまなため息が聞こえてくる。私に向けられたことだってことくらい分かる。くすくす笑いの中に「またドジの名字のせいでスリザリンの点数が下がった」とあの意地悪なルーくんの声が聞こえてくる。事実だから何も言い返せない。私のせいでスリザリンの点数がどんどん下がっている。それぐらい自分でも分かるし、隣でニーナがため息をついていることも分かる。全部全部私が悪い。視界が歪んでいくけど、もし泣いてるのが分かったらまた何か言われることぐらい分かってるから、唇をぎゅうっと強く噛みしめて耐える。「すみませんでした」と謝ると、自分でもわかるくらい声が震えていて、また恥ずかしくなる。
「おい、名字!」
案の定、声がかけられた。顔を見なくても誰の声かは分かるし、どんな表情をしてるのかも分かる。振り返らなかったらまた何か言われるから振り返ると、ふんっと鼻を鳴らしてにやにやしながら近づいてくるルーくんに、無条件に身体が震える。ほら、怖いくせに。人の顔色を伺って行動して後悔するくらいなら自分の好きなように行動すればいいのに、どうしてそれが出来ないの?ニーナはもう一度ため息をついて、「先に言ってるからね」と私に言う。……待ってて、なんて言えない。素直になればいいのに友達にも素直になることが出来ない。顔色を伺って、聞き分けの良い子の振りをして「うん、分かった」なんて笑顔で言ってしまう私が、友達がほしいなんて言えるはずもないんだ。
「ドジで間抜けな名前・名字、今日もお前のせいでスリザリンは減点されたんだぞ?」
「………ごめんなさい」
「はぁっ?謝って済むくらいなら、最初から減点されるようなことをするなよ。ちょっとは加点されるようなことをしたらどうだ?」
「…………」
「黙るなよ、名字」
「……謝るしか、出来ないので、ごめんなさい」
「馬鹿の物覚えみたいに良く同じことが何回も何回も言えるよな。僕には到底無理だ」
「…………」
「ああ、君は馬鹿だったな。そうじゃなかったら今僕にこんなことを言われるわけないからな」
口の中で血の味がする。こんなこと、どうして言われなくちゃいけないんだろう?ルーくんの言葉はぐさぐさ心に突き刺さっていくみたいで、出来た傷がじくじく痛むみたい。ルーくんが言ってることは否定できないほど事実で、それに傷付いている私はそれに納得していないみたいだ。そんなこと、無いのに。そんなこと、許されないのに。と自分に言い聞かせなくちゃ、私はここで泣き出してしまう。
「本当に君はぼんやりしているな」
「…………」
「スリザリンの、屑だ」
「………っ!」
涙腺が壊れたみたいにぼろぼろ涙がこぼれ出す。視界が歪んで何も見えなくなったけど、ルーくんがぎょっとしたように私を見るのは分かった。どうしてびっくりするの?泣くと思わなかったの?ああ、私が屑だから、人間でもないから泣くっていう行為をすると思わなかったとか?どれでも当て嵌まりそうな理由。ルーくんが怒るのはもっともだと思う、ルーくんは傍目から見てもスリザリンであることを誇りに思っている人。だからこそ、そんなスリザリンの格を落とす私の存在を許さないのも当然。私なんか、いなければ良かったのに。
「ストップだ、ルー」
頭に柔らかいものが乗っかるのが分かった。目の前にいるルーくんの顔が固まる。え、誰?私には聞き覚えがない声。柔らかな声。優しい声。随分久しぶりに感じる、私に向けられた明らかな優しさが混じる声。
「な、何だよ。ブラックが名字を庇うなんて」
「庇うつもりはないけどやりすぎだと思うよ。泣かせるなんて君の本来の目的じゃないだろう?」
「……"本来の目的"?君に分かるのか?」
「ああ。ルー、君は少しあからさま過ぎるから。少しでも気を惹きたいなら、もっと効果的な方法があると思うよ」
「………っ!」
「これからは上手い方法を考えたらどう?」
ルーくんは顔を真っ赤にして去っていく。ブラックくんの顔は見れない、ブラックくんの後頭部が見えるだけ。私のブラックくんとの関係って何?むしろ私が一方的に知ってるだけだと思っていたのに、庇ってくれるなんて。……自意識過剰?"庇う"っていう認識もなかったかもしれないのに。
「大丈夫?」
「………え?」
「ルーも悪気が有るわけじゃないよ。……まぁ、名字さんにはそう見えなくても無理はないけどね」
「はぁ……」
「まぁ僕もこれからは名字さんに対して好意的な行動をしていくつもりだけどね」
「え?」
「僕は無駄なことをしない主義でね。こんな行動を取るのも、名字さんの僕への評価が少しでもプラスになるようにするためなんだ」
そう言って振り向いたブラックくんは、にやりと私に向かって微笑んだ。その笑顔はものすごく綺麗で、私の胸は変な音を立てる。それはただブラックくんの顔の綺麗さに対してだけじゃなくて、なんて言ったら良いのかわからないけど、ぼんやりしている私にもわかるほど明らかに、肯定的な何かが始まるような気がするのは、きっと間違いじゃないはず。
菜さま、リクエストありがとうございました!男前なレギュラスと感じていただけたら嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。