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- ナノ -

「幸村」

「ん?」

「寒くないの」

「寒いね、そう言えば」

「閉めたら、窓」

「そうしようか」


ふわりと綺麗に笑ってからからと乾いた音をたてながら幸村は窓を閉める。幸村はいつ間にかこの病院にいた男だ。わたしと同い年とかそこらへんにいる看護師さんに聞いたことがあるけどどう見ても同い年に見えない。でも時々やってくる幸村の友達とかいう人たちの中には年相応の人がいたりする。赤毛の人とか、わかめみたいな髪の毛の人とか。そんなことはどうでもいいんだけど、わたしとは違って彼には友達がいる。別にいなくて寂しいとかそういうことじゃなくて、こう言ったら僻んでるみたいだけどそんなことはない。ただ、彼とは住む世界が違うんだってことが考えなくても分かったってだけ。わたしの世界はずっと、この病院の中だけだ。


「名字は寒い?」

「うん」

「痩せてるからね」

「痩せてないよ」

「俺よりは痩せてるよ」

「うそ、幸村はわたしより痩せてるよ」

「そうかな、あんまり嬉しくないけど」

「そうなの」

「テニスをやってて、女の子よりも痩せてるなんてあんまり嬉しくないよ」


幸村に関して驚いたことが2つあった。自分のことを"俺"って呼ぶこと、テニスをやってるってこと。幸村の病室には小さな可愛い花がある。趣味がガーデニングらしい。だからテニスなんてやってるように見えなかった、そういう激しいスポーツ。でも、幸村の手は汚い。わたしなんかのふにゃふにゃしたっていうかがりがりしたっていうかあんまり生気のない手とは違う。生きてて、泥臭い、汚い、手。でも不思議と嫌悪感は生まれなくて、むしろずっと触れていたいような、わたしが触れたら生気がなくなるような。


「テニスって楽しいの」

「ああ」

「どうして」

「うーん、ずっとやってたから、かな。もう無くちゃ生きていけない」

「ふーん」

「名字にはないの?」

「何が」

「これがなくちゃだめ、っていうもの」

「ない」

「どうして?」

「だってもともと何も持ってない」


生きているだけで精一杯だった、小さな頃から。お母さんもお父さんも私には生きてるだけで良い、と言ってくれた。それが嫌だったわけじゃない。むしろありがとうとも思ってる。生きるだけのことを与えてくれた、それ以上のことはわたしには無理だった。だからお母さんもお父さんも与えようとしなかった、与えるゆとりがなかった。何にも思ってない、こういう言い方したら僻んでるみたいだけど、全然そんなことない。だから幸村が言う生き甲斐?ていうか"なくちゃだめ"なものを持つのは、ゆとりを持って生きている人の特権だ。それが生きる意味になる、っていうのも少しゆとりがなくちゃだめ。何か最初からやってなくちゃだめ。生きること、息をすること、食べること、排泄すること、話すこと、もっと言えば勉強すること?それだけで精一杯。


「じゃあ、名字には何もないんだね」

「うん」

「いらない?」

「さあ」

「どうして?」

「考えたことない。幸村に会うまで」

「……"俺に会うまで"」

「うん。幸村の手は、泥臭くて生きてるから」

「"俺の手は生きてる"」

「うん。……どうして繰り返すの」

「信じられないよ」

「どうして」

「俺は神の子って呼ばれてるから」

「……"神の子"」

「あまりにもテニスが上手いから、多分人間っぽくないんだろうね」

「そんなに上手いの」

「ああ」

「……自分で言うんだったら相当なんだね」

「ああ」

「じゃあ、幸村のテニスが見たいな」

「……え?」

「わたしは神なんて信じてないから、その神の子のテニスってどんなのか見たい」


幸村は目を丸くしてわたしを見る。幸村から目を逸らしてベッドの上に腰を下ろす。鍛えてないわたしの身体にはずっと立っていることはきつい。まぁそんなはぁはぁするほどじゃないけど。幸村のベッドは幸村のにおいがする。生きてるにおい。わたしとは違うにおい。でも幸村はわたしのにおいを嗅いでも、生きてるって感じてくれるのかな。ぎしっと嫌な音をたてて幸村がわたしの隣に座る。妙な近さ、まるでテレビの向こうで恋愛してる人たちみたいだ。


「じゃあおいで、俺の試合」

「……またテニスが出来るの」

「"出来る"じゃなくて"する"んだよ、俺は」

「……幸村は強いね」

「名字にも分けてあげるよ、俺の強さ」

「無理だよ」

「そんなことないよ」


ぐっと顔が近付いて、幸村の唇がわたしの渇いた唇に触れる。テレビで見るみたいに目を閉じることが出来ない、幸村の顔がきれいすぎる。心臓がどくどく動く。今までこんなに動いたことないくらい、わたしの心臓が動く。「俺が名前の生きる意味になるから、俺のテニスをずっと見てて」って幸村の吐く息が唇に当たるほど近くで言われた言葉。わたしが生きるのに精一杯だったのに、それ以上のゆとりを与える言葉。

でも本当は、幸村と出会ったときからそのゆとりはあった。ただそれに気付かなかっただけだった。




ゆっこさま、リクエストありがとうございました!幸村夢、いかがでしたでしょうか?幸村を書いた経験が少ないので偽物ですみません……。これからもよろしくお願いいたします。