シリウスの手が好き、と名前の口が紡ぎ出す。ぽかんと口を開けたまま間抜けな声を出すと、くすくす名前に笑われる。名前は好き、とかあからさまに好意を表す言葉を言わない気がする。それは国民性というものらしいが、俺にはよく分からないことも少なくない。名前の手はおれよりも随分と小さくて柔らかい。ああ、女なんだなぁと変に実感する。ゆるゆると動いて俺の手をきゅっと握る。どきっと俺の心臓が音をたてる。
「な、何だよ」
「嫌?」
「そ、そんなこと、ないけど」
「吃ってる」
「うるさ、い」
「ふふ」
名前は楽しそうに笑ってきゅっきゅっと変なリズムで俺の手を握るかと思えば、自分の目の高さまで持ち上げてまじまじと見つめる。名前の行動は予測不可能だ。俺が気にもかけないところで泣いたり、笑ったり、くるくる表情を変えて忙しい。
いつだったか、名前が俺のことで泣いたことがある。確かそれは俺の家のことで、今でも覚えているけれど、家出したときは真っ先に名前に会いに行った。まず名前の顔が見たかった。ブラックという名前で名前は俺を見ようとしない。だからこそまず名前にまっさらになった俺を見てほしかった。名前は俺を見て目を丸くしてボロボロ涙を零して笑った。そして初めて名前からキスをしてくれた。
「何笑ってるの?」
「いや、何も」
「えぇ?どうせ変な女だと思ってたんでしょ」
「否定はしない」
「酷い。……まぁ私もそう思うけど」
「じゃあ良いだろ」
「……シリウスも変な男ってことになるわ」
「はぁ?」
「そ、そんな、変な女を、……」
「何?」
「へ、変な女を、じゃない、変な女に、手、に、握られてるんだから……」
「ふーん?」
「な、何よ」
「不可抗力、だしな」
「酷い!」
「おっと、殴るなよ」
「だったら拒否すれば良いのに」
「レディに酷いことは出来ない」
「じゃあ、さっきの言葉を思い返してみれば?」
「あれは酷いことじゃない」
「だったら何よ」
「愛だよ、愛」
「……えぇ?」
「ちょっと虐めたくなるんだ、俺って変な男だから」
名前の手を引き寄せて額にキスを落とす。何度もキスをしたし、それ以上のこともしてはいるけれど、いつまでたっても名前は慣れない。それに可愛さすら感じてしまう。何度も顔中に続けてキスをしようとすると、小さな声で「もう無理」と呟く声に耳を貸すか貸さまいか迷う。このまま従うべきなのか?顔を真っ赤にして今にも泣きそうな名前の目。ずくんと疼く俺の身体。ああもうこれ以上したら俺の身体が持たない。最後に唇に少し長めのキスをして、名前から少し距離を取る。
「ば、ばか」
「どうして?」
「ど、どうしてそんなにいっぱい、キ、キス、」
「吃ってる」
「う、うるさい」
「はは」
さっきもこのようなやり取りをした。確か逆の立場であったけど。今度は俺から名前の手を掴んで自分の目の高さまで持ち上げてまじまじと見つめる。「やめてよ」と少し焦ったような声がするも無視。俺には無い手、今俺の手のなかにある手、唯一俺に触れても許される女の手。たかだかただ1人の女の手なのに、こうも沢山肩書きがつくものだ。喉を揺らしながら笑うと少し不機嫌そう顔が目に入る。
「どうせ綺麗な手じゃないわ」
「そんなことは言ってないだろ」
「だってシリウスの手は綺麗だもの」
「男が綺麗って言われて、嬉しいと思うのか?」
「知らないわ、私は男じゃないから」
「男だったら困る」
「どうして?」
「子供が作れないだろ」
かぁっと名前の顔が赤くなる。その顔を見て俺の顔も心持ち熱くなる。そんな気軽に子供を作るとか言える年齢でも無いし、そもそも名前の気持ちがどうなのか、俺の社会的立場はどうなのか、やら疑問は山積みだ。ちょっと急ぎすぎたか、と名前から目を逸らすと、俺の手が柔らかなもので包まれる。
「シリウスの、手が好き」
「…………」
「私には無い手、今私の手のなかにある手、唯一私に触れても許される男の人の手。シリウスの手だから、好きよ」
「………俺の手だから好き、はわかりにくいな。好きなのは俺の手だけか?」
「意地悪」
「知ってる」
「……シリウスがすきだから、好きなの」
唇に落とされたのは、二度目の名前からのキスだった。
もこさま、リクエストありがとうございました!とびきり甘い夢と感じて頂けたでしょうか?これからもよろしくお願いいたします。