今日もいつも通りの長閑な日。昼食を食べ終わったあとのお昼休みは、中庭でのんびりと温かい紅茶をひとりで飲むのがいつの間にか習慣になっている。そんな私も最上級生になってしまって、このホグワーツであと何日今日のような長閑な日常を過ごせるのかなんて少しセンチメンタルな感傷に浸ったりしてしまう。それでも精一杯この日常を楽しんで過ごしたいと思うのは世間一般的に考えてもちっともおかしくないと思う、のだけれど
「いやいやいやー!」
「名前!逃げろ!」
パリンと音をたてて真っ二つに割れた食器。お茶もお茶菓子も地面に零れたり転がる。ぴきっと頭のどこかで音がした。あからさまな溜息をついて、いましがた私の目の前を走り去って行った男女2人に杖を向けて一言唱えた。
「インペディメンタ、妨害せよ」
「うおっ……!」
「わぁ!」
「シリウス、名前。そこに直りなさい」
「「……リ、リリー」」
「ねえ、そこに、そこの地面に転がってるものが見えるかしら?」
「リリーの愛用してる食器だよね。私、いつも可愛いと思って見てたんだ!」
「そう、ありがとう。じゃあどうして、」
「どうして割れてるの!?落としちゃったの!?」
びきっと頭のどこかでさっきよりも激しい音がした。シリウスは何か気付いたようでハンサムな顔が真っ青になっている。名前はどうやら何も気付いていないみたい。こてんと小首を傾げて私を見つめて来る名前はまるで小動物のようでかわいらしいけれど許せない。
「あなたが、いいえ、あなたたちが、割ったのよ」
「えっ!」
「……やっぱり」
「"やっぱり"?シリウスは気付いていたのかしら?」
「すみませんでした」
「わ、私たちが割っちゃったの……?ご、ごめんね、リリー」
「この食器を直して、新しいお茶とお茶菓子を持って来なさい」
「じゃあ私が直して、」
「やめておけ。元の形に戻ったためしがないだろ」
「えー。そんなこと、」
「「ある」」
「リ、リリーまで……!」
「ところであなたたちは何から逃げていたの?」
「あ」
「ど、どうしよう、シリウス……!」
「に、逃げなきゃ、」
「インペディメンタ、妨害せよ」
「わぁ!……リリー、その呪文、得意だね」
「ありがとう」
「とりあえず、逃がしてくれないか?」
「この食器を直して、」
「そんなことよりも、俺達は逃げなくちゃいけないんだよ!」
「……"そんなこと"?」
「あ、いや、その、」
「シリウス、名前、ここにいたんだ」
2人の顔が硬直する。振り返らなくても誰が声をかけたのかくらいわかった。5年生から一緒に監督生をやってるのだからわからないほうがおかしい。
「こんにちは、リーマス」
「やぁ、リリー」
「この2人がまた何かやらかしたの?」
「その言い方はひどいよ、リリー!」
「事実でしょう」
「お察しの通りだよ」
「誤解だ!俺達は何も、」
「シリウス?」
「……してないと思う」
「だって証人がいるんだよ」
「"証人"?あなたたち、本当に何をしたの?」
「僕のレポートをまるでゴミ屑のようにぐしゃぐしゃにした」
「「…………」」
「それって、闇の魔術に対する防衛術の?」
「羊皮紙5巻半のね」
「リーマスが閉館時間ぎりぎりまで図書館で頑張って書いていたものよね?」
「うん」
「……あなたたちって人は」
「ち、違うの!私たち、本当に何もしてないよ!」
「そ、そうだ!名前の言ってることは真実で、」
「じゃあ証人はどうなる?彼は嘘をついているの?」
「そ、それは……」
こそりと「証人って誰なの?」とリーマスに尋ねると、にやっと唇を三日月のようにしていつもの彼らの名前を呟いた。案の定と言っても良い。どうしてこうも2人は騙されるんだろう?名前はともかくとして、シリウスは悪戯仕掛人とやらに属しているはずなのに、と溜息をつくというよりも楽しんで荷担してしまっている自分がいる。自分の唇もリーマスのようになるのを必死に抑えながら酷く失望したような顔で彼等を見つめる。
「あなたたち、その証人を信じないことになるのよ。彼らが嘘をつくはずないわ」
「で、でもね、リリー、私たちは本当に、」
「呼んだかい、リリー!」
「呼んでいないわ、ジェームズ。こんにちは、ピーター」
「や、やぁ、リリー」
「証人は揃ったね。どうやらシリウスも名前も君達が不当だと思ってるみたいだよ」
「何だって?それは心外だ!なぁ、ピーター」
「うん、僕たち、嘘をついたりなんかしない、よ?」
「ぐっ……」
「リ、リリー、本当に、本当に私たち、何もやってないの……!」
ぼろっと名前の目から涙が零れる。それがいつもの合図になっている。ふぅ、と溜息をついてリーマスに目配せすると、リーマスは肩を竦めて持っていた鞄から羊皮紙の束を取り出す。やっぱりね、そうだと思っていたのよ。
「え?何だ、これ」
「レポート」
「何の?」
「闇の魔術に対する防衛術の」
「は?………あぁ!おまえ、だ、騙し、」
「騙される方が悪いんだよ」
「ピーターも、私たちを騙したの……?」
「ご、ごめんね……!」
「だから、騙される方が悪いんだよ」
「何で良い飽きてるんだよ!」
「いつもそうだから」
「うぅ……リリー!」
「おい、名前。言っておくけどリリーもお前のことをいつも騙してるんだからな!」
腰にしがみつく名前の髪の毛をゆるゆると撫でる。ジェームズが羨ましそうな目で見てくるけど無視をする。名前はまだ半泣きになりながら私を見つめて来る。そんな彼女にゆっくり優しく微笑む。
「あら、心外だわ。私はただ名前の可愛い泣き顔が見たいだけよ」
あら、何でシリウスの顔は青ざめてるのかしら?まぁ長閑な日常のなかにはこういうことも含まれているから、無くなったら寂しいわね。やっぱり、ホグワーツでのこういう日常は素晴らしいと思うわ。きゅっとを抱きしめるとふにゃりと笑う名前が可愛くて仕方がない。しょうがないからお茶菓子は免除してあげるわ、シリウスが食器を直しておいてね。
(……俺、一番恐ろしいのはリリーだと思う)
(さっきの言葉、名前にしか当て嵌まらないのかなぁ……)
(ジェームズが泣いてたら気持ち悪いと思うよ、ねぇピーター)
(えっ!あ、いや、その……)
おかゆさま、リクエストありがとうございました!いつもにやにやしていただけるなんて嬉しいです。シリウスとヒロインが大好きでもからかうリリーと悪戯仕掛人たち、になりましたでしょうか?私もおかゆさまがだいすきです!これからもよろしくお願いいたします。