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「不細工だな」

鮮明な記憶の中で最も古いものはこれだ。一言一句間違わず、その状況さえも思い出すことができる。私に面と向かってその言葉を放ったのは、それはそれは綺麗な男の子だった。まるで絵本に出てくるエンジェルやエルフのようで、私は初めて彼を認識した時に胸の奥で何かが動いたような気がした。つまり私の淡い初恋だ。今思い出すと憎々しいというよりも笑えてくる。天使の顔をした悪魔だ、彼は。その時点で私は“不細工”という言葉を知らなかったのだけれど、彼の両親が慌てたことと彼の顔が酷く満足げだったことから、何かまずいことを言われたのだということはわかった。家に帰って大きな辞書を開いてその言葉を引いてみると、その意味に驚愕した。そうか、私は世間一般からして醜い人間だったんだ。お母様もお父様も使用人も私にそのことを教えてくれはしなかった。でも後にも先にも、そのことを私に面と向かって教えてくれたのは彼だけだ。その日から、私は部屋に引きこもるようになった、下を向いて歩くようになった、前髪で顔を隠すようになった、性格も暗くなった、はっきり話せなくなった。その性格が尾を引いて、ホグワーツではほとんどと言っても良いほど友達が出来ていない。それなのに、小さなころから顔立ちの整っている彼はホグワーツでの人気者だ。最近ではプレイボーイとか言われてるみたいだし。ホグワーツに来た時から、ホグワーツで彼を初めて見たときから、出来る限り彼とは関わらないように生きてきた。幸いにも、私は彼が忌み嫌う寮にいたからそれはあまり難しいことじゃなかった。けれど、以前彼の恋人になった女の子が最悪にも、私の数少ない友達だった。

「彼ってすごく良い人ね、今までの恋人の中で最高!」

初めて彼女が朝帰ってきた日に言った一言がこれだった。頬を赤らめて私よりも綺麗な顔で嬉々として話す彼女はものすごく可愛かった。綺麗だった。顔では笑顔を作りながら、「良かったね」なんて彼女に言って見せるけど、心の中では気分は最悪。急に熱いものが胸の奥を満たしたようなそんな感覚。悔しい、悔しい、悔しい、彼は私から自信も友達も奪った。彼女の話に相槌を打ちながら私は決心した。見返してやる、って。

それからの私の行動は早かった。まずダイエットから始めた。図書館や友達に借りた雑誌などを読み漁ってどれが効果的に短時間で痩せるかを考えて、夏休みに入ったら完全な改造、もちろん魔法で。夏休みは長いから少しくらい顔が変わっても分かりはしないと思ったから。でも、ただ目を大きくするだけでただ鼻の筋を通すだけでこんなに人間の顔って変わるものなのだと純粋に驚いた。そうして、新学期になる。


「名前……?」

「ええ、久しぶり」

「……うそ、こんなに変わっちゃったの?」

「びっくりした?」

「あ、当たり前よ!それに性格も明るくなって」

「もう下を向いて歩くのはやめたの」


にっこり笑って彼女に言うと、少し不満そうな顔をする。彼女はこういうところがある人だ、「大丈夫よ、名前は可愛いわ」とかなんとか言いながら見下す人。大好きだったけど、彼と恋人になってからはこういうところが鼻につくようになってきた。こういうところは大嫌い。私のことを好きだとかなんとか言ってくるくせに、うそつき。でも、別に良いの。私は今後この人を彼と一緒に貶める。「さあ、ホグワーツ特急に乗りましょう」と言うと釈然としないような顔で頷いて着いてくる。彼女のことを綺麗だと思っていた、けれど今は思わない。その顔は、ものすごく不細工だ。道行く人が私のことを振り返って見つめる。気分が良い、新しい私の始まりには相応しい。




「君の恋人になりたいんだ」

「……ごめんなさい。私、今は誰の恋人になるつもりもなくて」

「そ、そうなんだ……」


しおらしくしてみれば男はすぐに引っかかる。今年度に入ってから何度告白されたかわからない、何人と友達になったかわからない。でもそれはどうでもいいことだ。一番仲が良かった彼女が離れていくのが今一番の悩みだ。だって彼女がいなきゃ彼を見返せない。部屋に帰ってきても、挨拶を少し交わすくらい。最近は食事も毎回別の人と行ってる。彼女との接点ってこんなに少なかったかしら、なんて思ってしまった。そして、彼女を見かけるときも彼とは一緒にいない。どうしよう、もしかしたらもう恋人じゃなくなってしまったのかしら。


「名前、どうしたの?行くよ」

「あ、ええ。ちょっと待って」

「もう、名前って少し抜けてるよね」

「そうかしら」

「そういうところが可愛いけど」


前の私なら、こういう風に言われたりしなかった。“少し抜けてて可愛い”じゃなくて“鈍臭くて鬱陶しい”だったはずだ。見かけが変わるだけでこんなにも対応が変わってしまうんだ。人間って愚かだ、私も人間だけど。そんな人間に囲まれようと必死になってる私は一体何なんだろう?


「待って、待ってよ!」

「しつこい」

「どうして?私、あなたに何かした?」

「その行為自体が俺にとっては迷惑だ」

「そんな……っ!シリウス、私――」

「黙れ」


廊下が水を打ったように静かになる。彼女の声だ。そして彼の声だ。久しぶりに聞いた彼の声に、私の心臓は踊る。恐怖か喜びか私には分からない。教室から出てきた二人を取り囲むように人だかりが出来る。不幸か幸いか私はその最前列にいる。彼女はいつもよりも醜い、彼はいつもよりも美しい。彼女の目には涙が浮かんでいて、彼の目には何もない。寄せられた眉すら、美しい。


「俺は言ったはずだよな、俺のやることなすことに口出しする女は嫌いだって」

「覚えてるわ、私だって。口出ししたつもりじゃなかったの!」

「俺にはそう聞こえた」

「ごめんなさい、許して」

「もういい、丁度飽きてたところだし。終わりにしようぜ」

「うそ、やめて!嫌!」

「迷惑だって言ってるだろ」


彼は彼女から目を逸らし、私の方に向かって歩き出す。正しくは、私のいる方角が目的の方向なのだ。私は急いで道を開けて彼の目に入らないように縮こまる。……何故?見返したいなら、堂々としていればいいのに。けれど私は彼の美しさに圧倒されている。あそこまで、他人を切り捨てられるその非情さこそ美しい。


「名前!」

「……えっ」

「お願い、シリウスを止めて!私たち、友達でしょう!?」


私にすがる彼女は醜い。心を動かされるような兆候も見られない。彼女の顔は本当に美しいはずなのに、涙でいっぱいの目も赤らんだ頬もすがりついてくるその手も醜い。突き放したい衝動に駆られる。でも私が、私が完璧でいるためには、彼女を突き放すべきではない。ここにはたくさんの人がいる。本当の私を知らない人もいる。だから、私には出来ない。どうすることも出来ない。彼女の言葉に答えもせず私はただ突っ立っている。


「へぇ、名前、か」

「………え?」

「お前、ずいぶん偉くなったんだな」

「……あ、あの、」

「何だ?そんなに、金魚のフンみたいなの引き連れて。昔のお前と決別したつもりか?甘いな、だったらまず俺に忘却術をかけることをお勧めするぜ。お前がどんなに着飾っても、どんなに顔を変えても、お前以外の他人全員の記憶から過去のお前が消えない限りお前は過去のまま存在し続ける。大体、あるがままの自分を受け入れないで姿かたちを変えることが一番不細工だし、滑稽だ」

「………っ!」

「お前、今までで一番醜いな」


にやりと笑って彼は私の肩に触れて歩き出す。頬からは何故か涙が伝っている、それに気付くのに少し手間取った。彼は、私になんて言った?見返したかった彼は、私になんて言った?一番、今の私が一番、醜い。ずるっと膝から崩れ落ちて、むき出しの膝を冷たい床に着く。じゃあ私は、何のためにこんなことをしてきたの?そもそも、“見返す”のは何のためだったの?目を伏せて一番最初に思い浮かんだのは彼との初めての記憶。「不細工だな」の一言。かれはあの時から私を見下していた。あの非情な目、今でも変わらない。その目に確かな高揚を覚えた。それならば、私の初恋はきっと今でも続いている。だって、彼女を見る彼の目に私の胸は躍った。あの時と変わらなくそのままに。ああ、こんなにも簡単なこと。私は彼を見返したかったわけじゃない、彼のあの瞳に私を映してほしかっただけなのだ。




あやさま、リクエストありがとうございました!初恋の相手であるシリウスの所為で自分の顔にコンプレックスを持ち、見返そうと努力したのに……とのことでしたがいかがでしたでしょうか?私じゃ絶対に思いつかないような驚きのリクエストでした。お気に召されると嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。