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忘れていた名前を最近よく聞くようになった。ううん、忘れていた振りをしていただけなんだけど。ぼそりと呟いたつもりが案外大きな声になっていて驚く、私、まだこんなに大きな声であの人のことを呼べる。私の存在しえない脳の中にはまだあの人の記憶が残ってるんだ。……誰が、忘れてとか言ったの?答えは簡単、私。わけのわからない胸の痛みと、出るはずもないのに視界が歪む。私はこんなことを望んでいたわけじゃない。だったら、どうしてこんなことになってしまったのかと言えば私があの人とずっと一緒にいられると思っていたからだ。私はもう死んでいて、彼はまだ生きていて、きっとこれからも生きて。私はそのことを分かっているようで分かっていなかったんだ。私は思っていたよりもずっとずっと馬鹿だった。そのことを実感するのはそう遅いことじゃなかった。あの人がホグワーツにいたとき、私がぼんやりとホグワーツを漂っているだけで簡単にあの人の名前を耳にすることが出来たのはきっとあの人が立派な人で、人気だったからで、そんな人ともう死んでいる私とが一緒にいられるはずがないって何度思ったんだろう。つまり私にとってはあの人の卒業は1つのきっかけにしかすぎなかった。あの人と離れなくちゃいけないって言うことは随分前から分かっていたんだから。なのに、最後のシリウスの顔が頭から離れない。目を閉じるだけで私は簡単に思いだせる。"名前だけでも"というシリウスの願いに応えられなかった、応えちゃいけなかった私。正しい、だってシリウスの足かせになんかなりたくないもの。正しいことをした、自分で自分をほめてやりたい。なのに、私は心のどこかで願ってる。シリウスが私のことを忘れていなければいい。駄目だって、分かってるのに。いっそ目から水が出てしまえば良いんだ、こんなに胸が苦しくなるなんてただ面倒だっていうだけ。水が出れば私が悲しんでるんだって、私が自覚できる。私が、人間らしいって信じられる。でも有り得ない可能性にかけたって意味がないことぐらい、私は今の状態になってから幾度となく自覚してきた。


「ねえ、」

「え?……あなた、灰色のレディ?」

「ええ。単刀直入に言うけど、今すぐに逃げた方がいいわ。グリフィンドール寮の太ったレディの肖像画が切られたの」

「……何で?」

「シリウス・ブラックがやってきたのよ」


まさかこんな形であの人の名前を聞くことになるとは思っていなかった。灰色のレディの言葉も無視してグリフィンドールに向かう。そんな馬鹿なこと、しちゃ駄目だ。シリウスはそんなことする人じゃない、したとしても何か理由があるに違いないの。私に肺があるとしたら、大量の酸素を必要とするくらい急いで移動したつもりだ。多くの壁をすりぬけて、グリフィンドールの寮に着く。こういうときは死んでいて良かったな、とか都合の良いことを考えてみる。奥の方から男の子が叫ぶ声がして、取りあえず中に入ると男の子に馬乗りになっているおじさんがいた。小さな声であの名前を呟くと驚いたような顔をしたくせに、にいっと嫌な笑い方をして部屋から飛び出した。無我夢中であの人を追いかける。だって、私が間違うはずがない、だって、私が知ってるあの人なら、


「シリウス!」


出来る限り大きな声で、私はあの人の名前を叫ぶ。やせ細った男はゆっくり振り返る。違う?いや、違うはずはない。私が間違うはずがない。もう一度ゆっくり"シリウス"と呟けば優しい笑顔で微笑まれる。忘れたんじゃ、ないの?期待をしてしまうじゃない。私なんかさっさと忘れてしまえばよかったのに、なんてちっとも自分ではそんなこと思ってないくせに。


「どうした?」

「……本当に、シリウスなの?」

「当たり前だろ、君が間違えるほど変わってはいないつもりだ」

「…………」

「あれから、色々考えたんだ」

「…なにを?」

「君との関係性」

「………答えは出た?」

「いや、でもとりあえず」


「君を忘れられそうにない」、とシリウスは優しく微笑む。ああ、もうどうして?私は悪い子だ、私は間違っている。だって、本当にシリウスをひきとめてしまった。どうしてこんなことになっちゃったんだろう?私が足かせになってしまうのだけは嫌だったのに。


「信じられない?」

「……信じたい、けど」

「けど?」

「私が、シリウスの邪魔をするのだけは嫌」


絞り出すように言葉にする。それでもシリウスは私を見て微笑む。「君が俺の邪魔になるはずがないだろ?」ってそんなに優しく囁かないで。触れられるはずがないのに私は手を伸ばしたくなる。シリウスもゆっくりと私に手を伸ばしてくれる。触れあった、と思えるくらい近くにシリウスの手があって、私はそれだけで嬉しくなる。私がずっと願っていた、シリウスに触れることをシリウスは許してくれた。


「君は名前を教えてくれなかったな」

「……そうだね」

「随分悩んだよ、そのことで。俺に呼ぶことすら許さなかったんだから」

「…………」

「でも、解決策を見つけたんだ」

「……え?」

「俺がつけた名前で君を呼べば良い」


胸が張り裂けそう。心臓がないのに、血もないのに、私の身体はどくどくとシリウスの言葉に反応する。「呼んで良いか?」と尋ねるシリウスに何度も何度も頷く。私が存在したことをシリウスが覚えてくれていただけでこんなに嬉しいのに、私の存在を名付けて残してくれるシリウスが愛しい。ああ、言葉にすればこんなに簡単で、私はシリウスが愛しいんだ。思えばはじめて声をかけたあの日から、私の世界にシリウスが現れた瞬間から、私はずっとシリウスに惹かれていた。シリウスが私の耳元に唇を寄せて、「君の名前は、名前だ」と呟く。どこか懐かしい名前、きっとその名前は、ずっとそう呼ばれたかったからだ。誰よりも、シリウスに。




沙梨さま、再び参加していただきありがとうございました。そしてリクエストの件につきまして、多大なるご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。"疑問"の続編、ということでしたが、ご要望に沿えましたでしょうか?続編も楽しく書かさせていただきました、嬉しいリクエストをありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。