私は若干、ううん、結構苛められている気がする。確かに気が弱くもあるし、身体的な特徴はイギリス人に劣ってる部分もあると思う。でも、少なくとも今までで馬鹿にされてきたってことは数えるほどしかなくて、それが、その、苛めに発展するわけじゃなかった。だから私にとって、最近の日々は苦痛で苦痛でしょうがない。
がちゃん、と大きな音をたてて食器が揺れる。べちゃって嫌な音がして、私がさっきまで口にしていた卵がテーブルに落ちた。全く持って私のせいじゃない、私のせいじゃない、だって私は何もしてないんだから。私の行動を振り返ってみれば、私はさっき、紅茶を飲もうとしたんだ。紅茶を。ポットに手を伸ばした瞬間、私の視線から外れていた皿が嫌な音をたてた。うん、そう、私の見解は間違ってもいないはず。
「名前、卵が飛んだわよ」
「……うん」
「もしかして飛ばしたの?」
「そんなわけない!」
友達の質問に強く反論して周りを見渡すと、杖をゆらゆら揺らしながら私を見て微笑む人が目に入る。その途端、私は納得すると同時にたらりと嫌な汗が私の背中を伝うのがわかった。や、やっぱり…!ううん、そもそも自分の不注意じゃない限り、こんなことが起きるのは確実にあの人が原因にちがいない。あの人は私を見て微笑んでいる、目立つほどハンサムなわけじゃない(、だって彼の隣にいる黒髪の人があまりにもハンサムすぎる)けどあの人も顔立ち自体は素敵、その、私のタイプ、なんだけど、でも、行動があまりにも冷たい、というよりも酷いって言った方が私の感情としては正しい。
「もう、やだ」
ポツリと口から出た言葉に友達が首をかしげたのが分かるけど、どうせ言ったって納得してくれないから何も言わない。だって、あの人がこんなことするのは私に対してだけなんだもん。
「ねえ、ちょっと良いかしら」
「ああ、何だい?」
「今度私に闇の魔術に対する防衛術について教えてほしいんだけど…」
「もちろんさ、僕でいいならね」
「本当!?嬉しいわ」
「私もいい?最近のところ、良くわからなくて」
「どこだい?最近のところは僕もちょっとわからないかもしれないけど、教えられる範囲で教えてあげるよ」
「やった!狼人間のところなんだけど、大丈夫かな?」
「ああ」
にこにこ笑うあの人が憎らしい、私には絶対そんな笑顔を向けてくれないくせに。思い返してみれば、私は何もしてない。むしろ、殆ど喋ったことがないって言っても過言じゃないのに。私がもし何かしたなら謝るべきだし、でもその理由が全く分からないんだから謝りようがない、そもそも言ってくるべきだと思う。あの人は派手な集団の中にいるから周りに味方もいっぱいいるだろうし怖いもの無しだろうけど、私はあの人に比べれば地味、地味の極みだ。なのにどうして目をつけられなくちゃいけないの?
「私、もう寮に戻るね」
「全然食べてないのに?」
「うん。あんまり食欲ないから」
ガタンと音をたてて席を立つ……ううん、立てない。え?どうして?ぐっぐって力を入れてもどうしても立てない。こ、こんなことってあるの?……もしかして、魔法?だったら絶対、さっき見たところをもう一度見てみると、今度は全然笑っていなかった。どどどどうして!?え、私、今度こそ何かした!?ぐるぐる脳内を回転させても全然答えは出てこない。今にも舌打ちをしそうな顔であの人は立ちあがって、つかつか私のところに歩いてくる。まさか、こんなことって、
「やあ」
「……へ?」
「何だい?その声」
「そ、その声、って……」
「僕は挨拶をしたつもりなんだけど」
にっこり笑って私を見てくるこの人は、笑ってるはずなのにすごく、ものすごく怖い。私の周りでご飯を食べていた人は固まってる、スープを飲もうとした友達はスプーンからぼたぼたこぼしてる。そ、そうだよね、だって私とこの人だったら全然接点がないもん。私にだってこの状況を誰か説明してほしい。ううん、状況の把握は出来てる、そうじゃなくて、どうしてこんな状況になったのかっていう原因説明?そう、原因説明!
「こ、こんばんは」
「そう、今は夜だったっけ?」
「ち、違いますね!こんにちはですね!」
「はは、名字は馬鹿だなぁ」
そ、そんな言葉があんな優しげに笑う人の口から出るなんて!冷や汗がだらだら出てくる。今までこんなに汗をかいたことなんてあったっけ?飛行術の授業のときくらいじゃないかな?それかお母さんに本気で怒られたとき?それとも犬にぎゃんぎゃん吼えられたとき?ああそんなことはどうでもいいんだってば!とりあえず私はこの人がどうして怒ってるのかがわからない、誰か、誰かどうにかして!
「僕のこと、知ってる?」
「も、もちろんです!」
「そう、なら良かった」
「…………」
「じゃあ僕がどうしてこんなことするのかも分かるよね?」
「………え」
「わかるよね?」
「…………」
「あれ、答えは?」
「………わ、わかりません」
「へえ。本当に名字って馬鹿なんだね」
視界が潤む。どうして?どうしてこんなこと言われなくちゃいけないの?スカートをぎゅっと握りしめる。泣いちゃだめ、泣いちゃだめだよ。そんなことは分かってる、なのにどうして?自分が毎日見てる手さえどんな形なのか分からなくなっちゃうくらいぼやけて見えなくなる。はぁ、と息をすることでさえ苦しい。私はどうしてこんな目にあってるのかな?私はどうしてこんなところで泣かされなくちゃいけないのかな?私はどうしてこんな目にあうようなことをして、それを忘れてしまったのかな?
「はぁ……」
「……っ!」
「君って本当にばかだ」
すっと傷があって綺麗なのに本当に男の人みたいな手が私の顔に伸びて、私の頬に触れてそのまま上を向かされる。どんどん顔が近付いてきて、私の顔にぴったりくっついた、一部分だけで。びっくりするくらい柔らかくて、びっくりするほど優しく。わ、私、私、私!
「ひぇ……っ!」
「名前ってムードがないね」
「う、う、嘘!な、何で?ど、どうして!?」
「僕ってそんなに分かりにくいかな?」
にいっと笑う顔が私の顔からちょっとしか離れない。そのまま息が口にかかる。「僕は名前にちょっかいをかけることで愛を表していたつもりなんだけどなぁ」ともう一度私の唇に唇をくっつけた。周りの人の叫び声で本当なら耳が痛いくらいなはずなのに、私の耳にはルーピンの声しか入らないみたい。
さつきさま、この度はリクエストしていただきましてありがとうございました!移転してからもご訪問いただいてるとのことで、本当に嬉しいです。
さて、黒リーマス……なのかどうかは不安ですが、さつきさまに詳しくリクエストしていただいたのでとても書きやすかったです。ご希望に沿えたかどうかはわかりませんが、これからもよろしくお願いいたします。