「おーい、跡部!」
「…んだよ」
「マック行こうぜ、マック」
「何でこの俺が行かなくちゃいけないんだよ?俺は帰る」
「最近付き合い悪いぞ!」
後ろからクソクソ言う向日の声と、それを宥める忍足の声がするがシカトを決め込み、寒さに首を竦めながら町を歩く。こうやって町を歩くのは久しぶりだ。……最近付き合いが悪い、か。自覚はある。だが俺のせいじゃない。
だって、あんたにはきっとわかんないよ
ああ、わからねえな、と答えたのは記憶に新しい。わかるさ、といえば何か変わったのか?だが、あいつが偽った俺の答えに納得するはずがない。
あんたがぜんぜんかんがえてないことだって、わたしはかんがえなくちゃいけないの
だから、とうぶんあえない
わかってる、もう将来のことを考えなくちゃいけない年齢なんだ。だから離れなくちゃいけないのだってわかってる。俺には無縁の模試や願書の提出、忙しくなる、ますます。それぐらいわかってる、そのうえ俺が束縛出来るような関係じゃないんだ。
「名前!」
「……あ?」
「あ、やっと来た!」
「悪い悪い、待たせたな」
「本当にね」
「さ、行くぞ」
「はーい」
今の、名字だよな?楽しそうに笑いながら俺には気付かずに通りすぎていく。……今の、誰だ?サッと血がひいたみたいに手先が冷たくなる。名前、と簡単に呼べて、名字とあんなに近くで共に歩けるあの男は、少し自分達よりも年上に見えた。ナチュラルに名字の荷物を持ち、人込みも手慣れたもので名字を導く。あんな男、見たことがない。名字に近付く男は俺なりに調べてきたつもりだったのに。けれど、いくら俺が怒っても意味がないんだ。
「ッチ、」
俺らしくもない。本来の俺ならどうする?大抵の女なら自分の思い通りになるはずなのに、名字だけはするりと手の中を擦り抜けていくみたいだ。それに接点がない。周りから見ても自分でも、どうして一緒にいるのか、価値観が異なるのではないかと疑問をぶつけられたことだってある。だとしても、俺には相手が期待してるような答えは導き出せない。だから、なのか?思い通りにならないもの、遠く掛け離れているものこそ欲しくなる。でもそう思っても、手に入らないがために気分が沈む。
ブーっとバイブが鳴る。出たくない、だが鳴り止みそうにない。舌打ちを1つして画面を見ると、今一番見たくない名前だった。1コール、2コール、3コール、諦めて切るかと思えば切りそうにない。……さっきまで落ち込んでいたくせにな、名字が俺と話したいと思っていると勝手に解釈するだけで気分が浮上する。
「何だ」
『あ、やっと出た』
「用件は?」
『……当分会えない、って言ったのは私だけどさ、そんなに怒らないでよ』
「怒ってねえ」
『嘘』
「嘘じゃねえよ、何度も言わせるな」
『……ごめん』
「どうした?いやにしおらしいじゃねえか」
『……失礼な』
「あの男と何かあったのか?」
『…あの男?何それ』
「とぼけるな。俺と会う暇はないとか言いつつ、相手はしっかりいるんだな」
『ちゃんと説明してよ、意味がわからない。……久々に話したのに喧嘩なんてしたくない』
「喧嘩?してねえだろ」
『じゃあどうしてそんなに怒ってるの?』
「お前が嘘をつくからだろ」
『……嘘?』
「名字、お前はどうして俺と距離を置いた?」
『何って……跡部だってわかってるでしょ?受験勉強のためだよ、今更何?』
「ほお、なのに恋愛に現をぬかすのか」
『……え?』
「俺にわかるはずない?ああ、わからないな。なにもかも犠牲にするべきだ、俺と距離を置くくらいならな」
『…………』
「さぁ、説明しろよ」
『……ごめんなさい』
「あぁん?」
『恋をするな、なんて一番跡部に言われたくなかった』
「…………」
『今日、声が聞きたくなったの。……でもごめん、もう二度と電話かけたりしないから』
「……あ?ちょっと待て」
『…何?』
「何故泣く?」
『…何でわかるの』
「わかる、俺の洞察力を嘗めるな」
『誰も嘗めてないよ』
「どうして泣くんだ」
『……もう、話せないから』
「誰と」
『……すきな人と。嫌われちゃった』
「昼間の男か」
『……え?』
「本当に馬鹿な男に引っ掛かったもんだな、あぁん?」
『ちょっと、待って』
「俺なら泣かせたりしねえ。名字」
『な……何?』
「俺の女になれ」
『………嫌いにならないの?』
「俺様の思い通りにならねえ女はな、だが名字だったら許せるさ」『…盛大な勘違いをしてると思う』
「あ?」
『昼間の男、って誰?』
「…………」
『…………』
「恋人じゃねえのか」
『残念ながらいないので』
「……だったら誰だ、今日駅前で」
『……ああ、お兄ちゃん?』
「……何だと?」
『やだ、勘違いしたの?そうだよね、似てないし』
「…………」
『やきもち?』
「黙れ」
『うふふ』
「気持ち悪い」
『ごめんなさい』
「……悪かった」
『いい。…さっきの答え』
「いらねえ」
『答えさせろ、馬鹿』
「馬鹿?聞き捨てならねえな」
『だって自分で言ったんじゃん。私が惚れたのは馬鹿な男だって』
「……おい、説明しろ」
『説明させないでよ、女に』
「説明しろ」
『……受験生なのに恋愛に現をぬかしてる女、名字名前がすきなのは跡部なの』
ぶつんと音をたてて切れた携帯をかけ直すのに迷いはなかった。どうやら本当に馬鹿なのは俺らしい。それでも、手を擦り抜けて行くような彼女を束縛出来るなら、1人の馬鹿な男になってもいい気がするんだ。
結城さま、リクエストありがとうございました!跡部を書かせていただきましたがいかがでしたでしょうか?なかなか平凡ヒロインという設定が生かせず、申し訳ございません。跡部らしくもない青臭い跡部ですが、書いていてとても楽しかったです。これからもよろしくお願いいたします。