お気に入りの音楽はどんなときも安心させてくれるものだと思う。私の耳元で響く音楽は少し大きいくらいだけど、それが心地好くもある。だって大好きな曲だから。
「何聞いてるの?」
「え?」
「あ、楽しそうだったから」
「う、ううん、大丈夫!びっくりして……」
「邪魔しちゃったよな、ごめん」
「全然!気にしないで!」
さ、栄口くんに話し掛けられちゃった…!急いでイヤホンを耳から抜いてぐるぐる本体に巻き付ける。"楽しそうだった"から、って私にやけてたってこと?それってすごく恥ずかしい。ノリノリ(死語だっけ)で聞いてたなんて思われたら……!
「ご、ごめん。オレ、マジで邪魔しちゃったよね」
「ううん!大丈夫!むしろごめんね……!気持ち悪かったよね……」
「え?何で?」
「だ、だって私、どんだけ楽しそうにしてたのかわかるほどだったんでしょう?」
「いや、それは、その、」
「…………」
「オレ、見てたから。名字が"新しいアルバム買った"、って言ってるの」
「え?」
「だから、それ、聞いてんのかなーって。違う?」
「ち、違わない」
「見てもいい?」
「う、うん!」
本体を差し出すと栄口はぐるぐるイヤホンを解きながら慣れた手つきで操作し始める。「他のも見てもいい?」という言葉に勢いよく頷く。す、すごい、すごい!栄口くんが私のウォークマンに触ってる!ていうか、変な曲、入ってないかな?引かれるような曲が入ってたらどうしよう……!ふーんとかへーっていう栄口くんの声にいちいち反応してしまう。
「あ、この歌手」
「え?」
「オレ、好きなんだ。良いよね」
「本当?私も好きなんだ。私、そのアルバムばっかり聞いてて、再生数がすごいことになっちゃってて」
「マジかー。特に8曲目のイントロがオレは好きだな」
「良いよね、ベースのメロディラインとか。3曲目も好き」
「あーバラードのやつね!」
にこにこしながら栄口くんは他にも色々話題を提供してくれる。まさかこんなに話が続くなんて思ってもみなかった。私、ウォークマン聞いてて良かった…!この歌手が好きで良かった…!!
「名字が買った新しいアルバムってどれ?」
「えっと、これ」
「へえ、知らないなぁ」
「…うん、あんまりメジャーじゃないから」
「あ、ごめん」
「ううん、良いの!良かったら聞いてみて」
「今良い?野球部のやつが持ってるかもしんないから聞いてみたいんだけど」
「あ、でも今日コンポ持ってきてないよ」
「ああ、名字が良ければイヤホン借りても良いかな」
何も考えもせずに頷くと「あんがとー」とにこにこ笑って栄口くんは私のイヤホンを耳に装着した。……え、あ、うそ。私のイヤホン……!いや、私は良いんだけど!音質良かったっけ?ううん、それよりもどうして平然と私のイヤホンを装着出来るの?…栄口くんってもしかして軽い?イヤホンだけで大袈裟かな?でも、栄口くんって優しいけど男の子と一緒にいる方が多い気がする。……自惚れそう、おこがましいけど。
「あ、良いね。これ」
「本当?良かった」
「特にここ」
栄口くんの手が私に向かって伸びてくる。え、何?私の髪を耳にかけて、イヤホンを装着させた。思わず肩がびくつく。い、今、栄口くんの指が、私の耳に……!心臓がどくどく鳴って、全身の細胞が酸素を必要としてるみたいだ。音楽なんて耳に入らない、歌詞もメロディラインもなにもかも私は認識出来ない。耳にはイヤホンがあるっていうよりも栄口くんが触ったっていう感触の方が存在を示してる。
「あれ、嫌い?」
「ううん!全然!むしろ好き!」
「やった、オレ、名字と趣味あってんね」
「……っ!」
死にそう死にそう死にそう…!栄口くん、これ天然なの?狙ってるの?どっちにしても殺傷力は半端じゃないよ。……私限定?それならそれでも良いんだけどな。もし、栄口くんに私よりも、ううん、私と同じくらいどきどきしてて、栄口くんの魅力に気付いてる子がいたら、嫌だな。認めてほしくないわけじゃないけど、1人占めしたい。あ、この曲、私も一番好きな曲だ。
「やっぱ、良いね。このアルバム」
「先週出たやつなんだ。学校終わって急いでCD屋さんに行ったの」
「知ってる。名字、言ってたしね」
「え?言ったっけ?」
「ううん、聞いた」
「………え?」
「名字が友達に話してるとこ。だからオレもこの歌手チェックしたんだ」
「……それって、」
「あとさ、多分友達はこのCD持ってないと思うから、名字が貸してくれたら嬉しいんだけど」
にこって笑って栄口くんは歩いていってしまった。今のって、今のって、……期待、しても良いのかな?期待、しちゃうよ。片側の耳からお気に入りの音楽が流れてるのに安心出来そうにない、心臓がハイスピードで動いていて頬も熱い。ああもう、とりあえず私がすることは、まずしなきゃいけないことは、明日絶対にCDを持ってくることだ。
りいこさま、リクエストありがとうございました!結局栄口になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?これでもくっついてません。最近の高校生は全く……!栄口が若干頑張る話になってしまいました。ヘタレな栄口もカッコイイ栄口も私は大好きです、ごめんなさい。これからもよろしくお願いいたします。