暖冬のささめき

 夢のような時間だった。あの熱が、あの胸の高鳴りが、忘れられない。

 去年は(とは言ってもつい最近のことだ)、色々なことがあった。遠くの輝きを追いかけていた。それは忘れかけていた光だった。おかしなたとえ話だけど、手を伸ばしていたのは私だけじゃなくて、その光のほうもだったらしく――はじめて人と付き合った。冷たく、刺さるような寒さが、和らいだような冬だった。君といると寒くないねと言って、ちょっと照れたように笑う彼、私の彼氏を思い出すと、ほんのりあたたかくなる。
 しかし、今私が見ている画面の向こうにいる彼は、ほんのりあたたかくなる、なんてやさしいものではない。あれは、なんというか、……困る。顔を赤らめて目をそらしたくなるのに、視線は釘付けになって離れない。私の前にいるときからは想像もできないような、別の面の魅力があった。そのような少なくともふたつの面を知っている私のような人は、さらに彼に惹かれるのかもしれない、と考えていると、嬉しくなった。画面の向こうには年末の彼がいる。これで負けちゃったのか、残念だなあ。でも、相手のグループも良かった。非常にレベルの高い争いだった。と、録画を見返しながら近い過去を回想していた。

 さて、今日は久しぶりに彼と会える日である。年末年始ということもあり、大人気アイドルの彼は仕事が忙しく、私たちはネットワークを介したやりとりをほそぼそと続けていた。そんな私にとっては直に会って話すことがとんでもなく幸福である。一ヶ月経っただけでこう思うことなど、今までなかった。新しく与えてくれたこの感情を、大切に抱きしめて、出掛ける準備をする。

***

 外はそれほど寒くなかった。白い息が見えるけれども、別の何かがあたたかく包んでいるような心地だ。待ち合わせの場所までの直線距離を歩いていると、向こうから人影が近づいてくる。あの人も誰かとここで待ち合わせているのか、と思うと同時に、その誰かは私であることに気がついた。私の彼氏は目立つ。ペースを上げて歩を進め、手を振ると、振り返してくれた。小走りで彼に近づく。そこで私は引き戻されて、広げようとした腕を引っ込めた。自分からくっつくことには、まだためらいがあった。代わりに、マスクが目についたので、言葉に出す。
「風邪? お大事に」
「あ、これは」
 その先は言わないで、と微笑みながら仕草だけで伝えた。秘密の共有のようで、心が震えているようでたまらなかった。甘美なものだ。
「なまえちゃん、この前言ってた話だけど……」
「お餅、食べるんだよね? 楽しみだなあ」
 お餅を買ったはいいが、仕事が忙しくて食べ切れなさそうとのことだ。そこで、ふたりで新年のお祝いをしようという話になったのである。
「そう言ってくれて嬉しいよ」
 龍くんは、この前と同じように私の手をとって歩きだした。

 いろいろな話をした。これまでのことや、他愛のないことなどを、たくさん話した。彼の家までの道のりをゆっくり歩いても、話題が尽きることはなかった。

「どうぞ、入って」
「ありがとう。おじゃまします」
 龍くんの家に足を踏み入れるのは初めてだ。いざ家に行くとなると、思ったよりは緊張しなかった。龍くんがいると安心するのかもしれない。

 お餅の味付けは龍くんがやってくれるらしい。私も手伝おうとしたけれど、ゆっくりしててとやんわり断られてしまった。席に座って彼を見る。このような光景はいつか日常になるのかもしれない。いつか、おじゃましますがただいまに、おじゃましましたが行ってきますに変わったらいいな、なんて。月並みな表現だけど、そう思った。
 お餅の匂いが鼻腔をくすぐった。龍くんが二人分のお餅を持ってくる。彼は器を置いて私の向かい側に座る。
「いただきます」
 ああ――このユニゾンもいいな。
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