山神プロデュース


これは夢か。夢なのか。
それを確認するためにベタに頬を摘む。
痛い。夢じゃないらしい。
じゃあ私の前にいるのは誰?
キラキラしていて眩しい。目も当てられない。別世界の人間みたい。マンガの世界から飛び出してきた人かなんてあり得ない考えが頭を過ぎる。

「うーむ、これも悪くないか。うむ、これも似合うのではないか?」

私は彼の2歩も3歩も後ろで赤の他人のようにぽかんと棒立ちしながら身体に淡い黄色のワンピースを充てられていた。
女性服のお店で一際目立つ容姿をしている彼は、他の女性客からも注目の的だった。
私といえば一応家にあるものの中で1番まともな服を着てきたはずだけど、可愛い服とは無縁のカットソーにパンツ姿だ。それに伸ばしまくった前髪が目元を隠している。この前髪は、地味で目立たないような私でも好きな人を見たい、けど他の人にその視線を気付かれたくないという思いで伸ばしていた。私には到底手の届かない、雲の上の存在に恋してしまったから。



▼▼▼

私は目立たないタイプで地味で、勝ち組とか負け組とかはわからないけどキラキラした人たちが勝ち組なのであるならば、明らかに負け組だ。
特に伸ばしていたわけでもない前髪はそれを隠してくれる。見たくないものを見なくて済む。
もう1つ目元を覆うこの前髪の役割は、視線に気付かれないこと。私みたいな人間が雲の上の存在に恋心を抱いていてもその好意にすら気付かれることはない。そうやってこの目にも心にもフィルターをかけることに成功した。



「美的感覚のない荒北にはわかるまい!」

「っせ!わかりたくもねーヨ!」

身体中のセンサーが狂ったように声のする方に反応する。こっちに向かってくる姿に、廊下の端で脚を止めて見ていた。
この学校で知らない人はいないというほど人気者の東堂くんは、ポケットに手を入れて面倒くさそうにそっぽを向く荒北くんに指さしながら文句を言い、その横をなんでもないというように私と同じクラスの新開くんが同じ歩調で歩いていた。新開くんもまた、私には眩しい存在でほとんど話したことがないのだけれど。
東堂くんを見ている奥でブロック型のお菓子みたいなものを咀嚼している新開くんは、私の前髪フィルターを透かして見られている気がした。

「ならさ、尽八の美的感覚ってのを見せてもらわないか?」

教室内で聞く、心地良い低さなのに妙な甘みを帯びた声が私のすぐ横で響いた。それと同時に大きな手が肩に乗る。なんの合図なのか、ウインクまでしてきた。「な、苗字さん」と付け加えて。

「し…んかいくん?」

「あ?誰だヨ、コイツ」

「同じクラスの苗字さん。この子を尽八の美的センスってやつで本来の姿にしてやってくれるか?」

「ワッハッハー!オレに任せておくがいい。魅力的な女子にしてやろう!」

東堂くんは私に向かって指をさした。それはいつも遠くから見ているあのポーズ。
かっこよくて自信に満ち溢れていて、けど東堂くんの実力を周りも認めている。私とは正反対のような存在だからこそ惹かれたのかもしれない。



そういうわけで私は東堂くんに連れられてショッピングモールにきているわけだ。まさかこんな日がくるとは思わなくて、一緒にいてもろくに口も聞けず東堂くんの言葉も右から左に流れていく。デートかもとか浮かれて、こんなこと二度とないしもったいないとわかってるのに緊張の方が遥かに大きくて壊れたロボットのようになっていた。

「苗字さん、これを着てみてはくれないか?」

「ひ、ひゃいっ!」

東堂くんが差し出してきたのはさっき私に宛ててきた淡い黄色のワンピースと水色のチェックのワンピースの2着だった。
こんなに可愛らしいものを購入した記憶なんてないから、試着室のドアを閉めてそれに袖を通した。
まずは水色の方を着てみる。なんとなく制服の色と似ているからそんなに抵抗がなかった。
腰の部分のファスナーを上げ終わりドアを開けると、すぐ近くに東堂くんがいて驚きの声を上げながら勢いよく閉めてしまった。それを外側から開けられる。

「なぜ閉めるのだ?」

「あ……いや、その…ごめんなさい」

上から唸るような声と一緒にジロジロと舐めまわすような視線を感じる。前髪フィルターから少し見上げるとすぐ近くに東堂くんがいて額がくっつきそうだった。思わずぎゅっと目を瞑る。

「…悪くはないが……」

今度は私の全身を見るように離れた東堂くんが顎に手を乗せて複雑そうな顔をする。悪くはないけど納得いくものではないみたいだ。というかモデルが私なのだから何を着ても東堂くんを納得させるのは無理なんじゃないかとさえ思う。
もう1着の方を着るように促されてドアを閉められた。試着室の壁にかかったそのもう1着とやらを見る。なんとも可愛らしい淡い黄色に小花柄だ。私みたいな人間には到底似合わないであろうものをなぜ東堂くんは選んだんだろう。
水色チェックを脱ぎ、重力に逆らわず床にすとんと落ちる。ワンピースで出来た輪っかから横にずれてお店のハンガーにかけた。そして淡い黄色のワンピースを着込み、背中のファスナーに手をかけて閉めた。……が届かない。左手で下から押し上げようとしても、右手で肩の上から引っ張りあげようとしてもちょうど両手の間で止まってしまっていた。
どんなに両手を伸ばしても届かないファスナーの小さな持ち手と自分の身体の固さにげんなりする。諦めて何か方法はないかと考えてみる。目の前の姿鏡に背を向けてみるとちょうど髪がそれを隠してくれていた。
東堂くんが見るのは正面からだしたぶん問題ないと思ってそのままの状態でドアを開けると、キリッとした紫色の目を少し見開いて近付いてくる。

「うむ、やはりこれだな!」

「……え?」

「…ん?苗字さん、後ろを向いてくれんかね」

ファスナーが閉まりきってないけど、髪の毛で隠れてるからいいかと思って言われた通りに背を向ける。すると髪の間に何かが入ってきて肩を通って私の胸元に髪を垂らされる。その一瞬に見えたのはゴツゴツしてるけど綺麗な手。それが見えなくなると届かなかったファスナーが上がる音とワンピースが合わさる感覚があった。

「あの、どうしてわかったの?」

「なに、温泉宿の嫡男として着付けの躾は受けている。洋服も同じことだ。肩の部分から胸元までが妙に歪んでいたからな」

言葉を発する度に東堂くんの息がうなじにかかりそうな錯覚がして心臓がおかしいくらいに暴れ出す。早く離れてほしいようなこのまま時間が止まってしまえばいいような真逆の思考が渦巻いた。
ファスナーの上のホックまで留めると、東堂くんの気配が離れたのがわかった。それを確認するようにゆっくりと振り返る。

「あとは前髪をなんとかしたいのだが」

「あっだめ!」

私と同じ目線まで屈んだ東堂くんの大きな手が私の目元を覆って前髪と目の間に差し込まれた。掻き上げられそうになるのを両手で髪の上から止めた。髪を隔てて触れた東堂くんの手は少し高めの体温だった。
その状態のまま東堂くんにじっと見られている。浮き上がっている前髪の隙間から見える東堂くんに私の目はそれに合わせることが出来なくてずっと彷徨っていた。

「っ、……苗字さん、ちょっと笑ってみてはくれまいか」

「へっ!?」

「女の子は笑っていた方が愛らしいと思うが?」

「うーん……あはは」

笑ってくれと言われて笑えるものじゃなくて、乾いたような笑い方しかできなかった。

「……っ!、…そうか。新開の言葉の意味がわかったよ」

「え?…わっ!?」

東堂くんの低い声が聞こえたのと同時に額にあった手が静かに離れた。背筋を伸ばすと彼のトレードマークであるカチューシャを外した。東堂くんの長い前髪が目元に落ちる。そしてその真っ白なカチューシャを私の頭に乗せて前髪を巻き込みながら耳の後ろで留めた。

「っ、やだ…!」

いきなりフィルターのなくなった視界は眩しくてその場にしゃがみ込んで両手で目元を覆った。一瞬だったけど、東堂くんの顔がはっきり見えた。なぜか頬を赤く染めていた。名前を呼ばれて指の隙間から覗くように見上げると、東堂くんの顔は横を向いていて髪が顔を隠している。

「苗字さんは自分が思っているよりも可愛い女子だ」

「え、あ……」

「だから隠さないでくれ」

「と、東堂くん……?」

嘘、今東堂くんはなんて言った?可愛いって……私が?それとも聞き間違い?
東堂くんが私の両手首を掴んで外す。「ちゃんと見せてくれないか?」と優しい声色で言われて恥ずかしいながらも顔を上げると、しゃがんでいた東堂くんが口元を上げていた。
そのまま両手を引き上げられて立ち上がり、そのまま試着室の中で反転させられた。

「鏡を見てみるがいい。顔を隠しているのはもったいないな」

鏡を見るなんていつぶりだろうか。家でもほとんど見ない。身だしなみを整えるくらいで顔は絶対に上げない。学校のトイレですら手を洗ったらさっさと出ていってしまう私が鏡で自分の顔を見る。東堂くんの言葉は不思議だ。勇気をもらえるような気がする。好きな人の言葉だからだろうか。
恐る恐る目を開けると自分の顔と対面する。東堂くん愛用のカチューシャをつけて、東堂くんの選んだ服を着て。
私の背後に頭を1つ分突き出た東堂くんの姿も鏡で確認できた。鏡越しにじっと見つめられる。今まで逸らしてきた目が逸らせなくなっていた。

「これが本来の姿、なのだろう?オレが手を加えるまでもないな」

「東堂くんの……おかげだよ。ありがとう」

「……っ、!」

東堂くんのおかげで少しだけ前を見ていけるような気がした。もう少し背筋を伸ばして、いつかフィルターをかけなくても東堂くんを追えるようになりたいと思った。
東堂くんにお礼を込めて笑いかけてみる。直接見てはまだ恥ずかしくて鏡越しだったんだけど。
すると後ろから私の肩の上を腕が通り、目の前の鏡に手がつかれる。驚いて振り返ろうとするとすぐに東堂くんの顔があって動けなかった。少し俯き加減で私の肩にもたれかかっているように見えるくらい近い顔は、どんな表情をしているのかよくわからない。それでもこの状況は東堂くんに抱き締められているような気分になってきて、意味もなく心臓が異常なほど血液を送り出す。

「あ……あの、東堂、くん…?」

「苗字さん、すまんね。オレの我儘を1つ聞いてはくれんか?」

「わがまま…?」

「顔を隠しているのはもったいないと言ったが、……誰にも見せないでもらいたいのだよ」

「そ、それはどういう…?」

「オレが苗字さんを独り占めしたくなった、では駄目か?」

少し自信なさげに掠れた低い声で放たれる好きな人のお願い。それはとても可愛いお願いで、私に拒否権など存在しない。



End



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