ジレンマを乗り越えて


オレは東堂尽八。
自他ともに認めるこの美形!
大学でも人気は変わらなかった。
変わったことといえば、かつての仲間、フクや新開、荒北はいない。
だがそこで運命的な出会いをしたのだ。
彼女の名は苗字名前さんという。
オレと同じ大学生1年生だ。
セミロングでストレートの黒い髪が彼女にとても似合う。

オレは彼女に交際を申し込んだ。
すると彼女は「はい」とはにかんでとても可憐だった。
まあオレが振られるわけがないな!

その夜、オレは電話をかけまくった。
フク、新開、荒北にだ。
内容はもちろんオレに可憐な彼女が出来たことだ。
新開はオレの話す内容を聞いているようで聞いていなかった。
何度も「あれ?なんだっけ?」と繰り返してきた。
荒北には「いちいちンなことで電話してくんな、ボケナス!」と一方的に電話を切られた。
フクは祝福してくれるだろうと思ったが、「そうか」の一言だけ。
何故だ!?
いや、この美形に彼女ができたことを羨んでいるに違いない。
ワッハッハー!

付き合い始めたというのに、名前ちゃんはオレと少し距離を置いているようだった。
オレが家に誘ってもなにかと理由をつけて断るのだ。

「名前ちゃん、今日はどうかね?手料理、というものを食べてみたいのだが」

オレはそれに臆することなく誘い続ける。
むむ、今もどうやって断ろうか試行錯誤している。
現に目が泳いでいるではないか!

「名前ちゃん…まさかオレのことを好いてはいないのか?」

「違うの!」

「では今日来てくれるな?」

「…うん」

オレは部活があるから部屋の鍵を渡して彼女に先に家に入っててもらい、帰ったら彼女と彼女の作った夕飯が待っていると思うといつもより山登りが楽しくなってくるというものだ。

部活が終わって急いで家に帰る。

「帰ったぞ!」

「あ…尽八くんおかえりなさい」

家に帰ってきていつもなら1人の部屋。
そこに好きな女子がいるというのはいいものだ。
キッチンからは…確かに食べ物の匂いがする。

「あの…すぐご飯にする?」

「ああ、腹は減っているのでな」

テーブルの前に座ると、名前ちゃんがオレの前に作った料理を並べる。
見たことがない料理ばかりが並ぶが、なんと言う料理なんだろうかと思いながらいると、運び終わったのか、名前ちゃんがテーブルを挟んでオレの前に座った。
とはいえ彼女の初めての手料理。
楽しみでないはずかない。
丁寧に両手を合わせて箸を取る。
これはなんだ?
じゃがいもだろうか?
とにかくじゃがいものような何かを箸で摘んで口に運んだ。

「……!?」

咀嚼しながら彼女を見る。
名前ちゃんは眉を下げ、今にも泣きそうなほど不安そうな目をオレに向けていた。
オレが荒北だったら「んだコレェ!マッズ!」と言っていただろう。
だがオレは荒北ほどよく言えば素直、悪く言えば愚かなことなどできん。
ましてやオレのために懸命に作ってくれたものだ。
健気な思いを無駄にはできん。
オレは構わず箸をすすめた。

「…もういいよ、尽八くん」

名前ちゃんがそう言いながらオレの箸を掴んだ。
その手が震えていて、前を向くと彼女はポロポロ涙を流していた。

「!?」

オレは名前ちゃんの隣に移動し、ハンカチを彼女の目元に宛てながら宥めるように背中に手をまわした。

「ごめん、ねっ。わたし…尽八くんの理想の女子じゃない、の」

「どういうことかね」

「料理は苦手、だし…掃除も…。家事が苦手、なのっ」

名前ちゃんは泣きじゃくりながら話す。
彼女の涙は実に綺麗で純粋だった。
そしてオレが家に誘っても断り続ける理由が判明した。

「…失望、したよね。こんな彼女」

確かに料理、洗濯、掃除の類はできた方が好ましい。
オレは温泉宿の嫡男でそこそこそういう類のものは躾られている。
オレ以上にできる女性がいいとは思っていた。
だが、それはあくまでオプションのようなものなのだよ。

「ならん…ならんね。名前ちゃんはオレをわかっとらんよ」

オレは抱きしめながら、俯いてしまった名前ちゃんを覗き込む。

「オレはそんな器量の小さい男ではないのだよ。苦手ならば、できる方が補えばいいだけのこと。だからそう気に病むな」

名前ちゃんは潤んだ目を向けながら、オレの首に腕をまわした。
オレはそれを支えるように抱き返す。

「家事の代わりはいても、名前ちゃんの代わりはいないのだよ」

言い終わった瞬間、キマったなオレ、なんて心の中で思っていた。

「っ、尽八くん、大好き」

そんな自画自賛の考えも彼女の前では無力にすぎなくて、そのまま見つめ合い、必然のように口付けた。

それからオレが家事をやるようになったが、元はこうだったのだ。
彼女が出来たからといって特にその状況が変わらないということ。
しかし名前ちゃんは料理くらいは出来るようになりたいと密かに練習をしているようだ。
その証拠に、手に傷があったり絆創膏を貼っていたりする。
傷を作る名前ちゃんを見て心が傷んだが、それもオレのための努力の証だと思うと愛おしさが込み上げてくるのだ。



▼▼▼

オレたちは幸せなキャンパスライフを送っていた。
少なくともオレはそう思っていた。
だがオレの輝かしいキャンパスライフとは裏腹に、名前ちゃんの表情は曇っていった。
彼女はそれをオレに悟らせまいとしているのか、オレが笑えば同じように笑ってくれる。
けどオレは見てしまった。
1人で歩く彼女に声をかけようとした横顔が、とても疲れているように見えたこと。

「名前ちゃん、最近元気がないな」

オレが気が付いていることが意外だっのか、#bk_name_2#ちゃんは目を丸くした。

「…そんなことないのに。いきなりどうしたの?」

そうやってオレに返事をする名前ちゃんはいつも通りで、オレの勘違いかと頭を捻った。



▼▼▼

今日もオレは女子たちの歓声を浴びる。
オレがいつものポーズをしてやれば彼女たちは喜ぶ。
あくまで彼女たちはファンとして扱っているつもりだ。
だから付き合ってからもそれは続けていた。

「なんであの子が東堂くんの彼女なんだろうねー?」

「正直普通。東堂くんには似合わないよね。早く別れちゃえばいいのに」

「そうそう、今だってちょっとぶつかっただけで鞄の中ぶちまけてさー。バカみたい」

キャハハハハ、という声が遠目のオレに気付かずに通り過ぎていく。
オレは目も耳も疑った。
彼女たちが話していた内容と、その後方でコンクリートの上に膝をつきながら散らばった物を拾う名前ちゃん。
オレのせいだ。
そうなのだろう?
オレがしていることは彼女を傷つけることでしかないことに気付かなかったのだ。
ギリ、と奥歯を噛んで名前ちゃんの元へ走った。
俯いて物を拾う名前ちゃんの視界に、オレの足元が映ったのだろう。
彼女が顔を上げた。
オレはそれと同時に自分のカチューシャを引き抜き、彼女の頭に装着した。
やはり彼女の黒髪に白のカチューシャは映える。

「尽八くん…」

「すまなかった、名前ちゃん」

オレも同じように膝をつき、地面に落ちたポーチを拾った。

「尽八くんのせいじゃないよ!私が勝手に転んだの。ありがとう、拾ってくれて」

そうやって彼女はまた笑う。

「名前ちゃん、ちょっとオレに付き合ってはくれないか?」

彼女はそれに頷いたので手を引いて立ち上がらせ、足早に歩く。
オレは先程の女子たちを追った。

「少しいいかね」

名前ちゃんの手を取ったまま、彼女たちの前に立つ。
彼女たちは小さな悲鳴のような歓声のあとに名前ちゃんを睨みつけるような瞳を向けた。

「…いつも応援は感謝している。しかし彼女に手を出すのはやめてもらえんか」

「…東堂くん」

「頼む。でなければもうオレはその応援に応えられん」

オレの本心を伝えるために、彼女たちの目をきちんと順に見る。
その目を丸くして何度か瞬きしていた。

「と…東堂くんがそこまで言うなら、ねぇ?」

「うん…ごめんね、苗字さん」

彼女たちはパタパタ走って行ってしまった。
なんとかわかってもらえたようで安堵の息を吐く。

「名前ちゃん、本当にすまない。オレのせいで辛い思いをさせた」

カチューシャをした名前ちゃんの髪を掬う。

「私は尽八くんといられたら大丈夫だから心配しないで?それにあの子たちもわかってくれたみたいだし」

ああ、オレの彼女はなんて出来た女子なのだろう。
本当にオレは幸せ者なのだな!
しかしオレも男だ。
それ以上に彼女を幸せにしたいと思っているのだよ。


その浮かれた心をどうにかしたくて、オレはまたフク、新開、荒北に電話をかけた。

「聞いてくれ!フク!オレは幸せ者だ!」

『…そうか』

「新開!オレの彼女は健気だろう?」

『んー?いいんじゃないか?』

「荒北!オレのカチューシャをつけた彼女が可憐なのだ!」

『ハァ?知らねェよ!んなダッセェカチューシャァ!』

やはりオレの幸せが羨ましいらしいな!

オレは荒北から切られたスマホを眺めながらこう思うのだ。

名前ちゃんとなら越えてゆける。
どんな高い山でも。
何せオレは山神だからな!




End



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