誰の好きより君の好き


いつからだったかな、好きだと言われるのがさほど嬉しくなくなっちまったのは。
いつからだったかな、真っ赤な顔して告白してくる女子に困惑するようになっちまったのは。
いつからだったかな、たった1人を見つめるようになっちまったのは。


どうやらオレは恋、というやつにほだされちまったらしい。


「ねー新開、私の友達まぁた振ったんだって?」

その張本人が目の前にいて、頬杖をついて顔を突き出してくる。
名前が言ってるのはつい先日のこと。
名前の友達だっていうのは知ってたからなるべく傷つけたくなかったが、オレの気持ちは変わらない。

「おかげで私、すっごい泣きつかれちゃったよ」

そう唇を尖らせながら言う名前もオレにしちゃ、すげぇくるわけ。
今その唇を貪ったらどんな顔をすんのか、とか想像しか出来ないけどそれもまた燃えるってもんだ。

「好きな子以外興味ないってことだろ?」

「…新開好きな子いんの?前は自転車が恋人だって言ってたじゃん」

驚いた名前は頬杖を外して前のめりになってくる。
誰誰教えてよーと茶化すように肘でオレの腕を突く。

「おめさんの好きな男教えてくれたら考えなくもない。いいギブアンドテイクだろ?」

なんて、名前の気持ちをどうにかして探ろうとか考えてる。
名前を好きになるまで一度だってそんなこと考えたことなかったのに。

好きって自覚しちまったらもう最後。
もっともっとと貪欲になる。
もっと話したい、もっと近付きたい、もっとオレのことを見てほしい。
自転車での勝利以外にこんなに貪欲になったことがあっただろうか。

「えー…じゃあ東堂くん」

「おめさん、今適当に言っただろ」

「あはは、バレた」

適当に言ったことだってオレ以外の名前が出てくると心臓に悪い。
しかもそれが尽八だなんてタチも悪い。
本当に尽八だったらオレはどうしたらいい。
それは寿一でも靖友でもそうだ。

「でも新開が好きになるくらいだから、その子はすっごい可愛くていい子なんだろうね」

「ああ、すげー可愛いよ。でもちょっと鈍感だな」

「あれま、惚気けちゃってー。鈍感ってことは結構グイグイいってんだ、新開」

「そのはずなんだけど。全く相手にされない」

「わー、新開が相手にされないってすごいことだよ。ファンが知ったら卒倒するね」

だから名前なんだって。
とは言わないが。
言いそうになる。
本当に他人事だと思ってんだろうな。

オレは部活に行くのに、じゃあなと行って名前と別れた。
バイバーイと満面の笑みで送り出してくれる。
ああ、やっぱダメだな。
どうやったって好きだ。



▼▼▼

翌日のことだ。
オレは呼び出しをくらった。
しかも学年一可愛いと言われる女子からだ。
確かに可愛いんだ、あの子。
けどオレには名前の方が何倍も可愛く見える。
好きになるって、こういうことなんだろうな。

呼び出しの内容はやっぱりと言っていいほど告白で、可愛い女子を前に少しは嬉しいと思う反面、これが名前だったらなんて最低なことを考えているのも事実だった。

申し訳ないけど断ろうとしたとき、目の前の女子に隠れて陰に誰かがいるのが見えた。
オレにバレそうになったからか、その子は壁に隠れる。
翻るスカート、流れるような髪、あれは名前だ。
でもなんでそこにいる。

「あの…新開、くん?」と目の前の女子から言われるまでオレはそっちばっか気になっちまってた。

「…悪いんだけど…」

オレが丁重にお断りすると、聞いてくれてありがとう、なんて涙ながらに言う女子は、本当にいい子なんだと思う。
この子を好きだったらよかったんじゃないかと思うくらいだ。
なのにオレの足はすぐに壁際に向かっていた。

「名前、盗み聞きとはいい趣味だな」

「あ、ごめん。そうじゃなくて…あの子が新開に告白したいって言うから、協力してって頼まれたの」

それで見守ってたってわけか。
オレのことなんか微塵も興味ないって、そう言いたいのか。

オレは壁に張り付いている名前の腕を掴む。

「し、新開?痛いよ…なんか怒ってるの?」

「おめさん…いい加減気付けよ」

「し…んかい…」

「オレの好きなのは名前だ」

言いたいことを言って、オレは名前の腕を振り払うように投げ下ろす。

「えっ新開!」

名前の声に耳も傾けず、教室に戻った。



▼▼▼

あー、やっちまった。
言うつもりなんてなかった。
言うなれば、溢れてきちまった。
あまりにもオレなんか見てなくて。


あれ以来、名前とは喋ってない。
目が合ってもなんとなく逸らしてしまう日々。
こうなるなら言わなきゃよかったとつくづく思うことになるなんてな。

自分の顔を覆いながら乾いた笑いしかでてこない。

「新開…」

まさかの名前が声をかけてきた。
今にも泣きそうな顔で。
そんな顔されちゃ、オレは普通にするしかないだろ。

「……どうかしたか?」

気持ちを紛らわすために、パワーバーを咥える。

「ごめん、ごめんね、新開」

「…用はそれだけか?」

オレが聞きたいのは謝罪の言葉なんかじゃない。
むしろそれをしなきゃいけないのはオレの方じゃないのか。
名前にそんな顔をさせてるのはオレだろ?

「じゃーな」

オレはもう1つの愛しいもののところへ行く。
自転車はいい。
オレの思い通りだ。
ペダルを踏めば踏んだだけ進んでいく。

「待って、待ってってば!」

オレの制服が背中から引っ張られる感覚がして少し首が後ろに反る。
声の主は名前た。
そんなこと見なくてもわかる。
振り返ろうとして、名前が声を上げる。

「待って、このまま聞いて」

名前がオレの制服にしがみついたまま離さないでいる。

「ごめん…好き」

オレの身体が一瞬石のように固まった。

「それだけっ」

名前が行ってしまう気配がして必死で身体を動かして彼女の逃げる腕を掴んだ。
それに振り返った名前は真っ赤な顔をしていて、やっぱすげー可愛かった。
確かにオレの見たかった顔だ。

オレは力一杯抱きしめる。
やっと触れることができる。
名前の小さな身体はオレにすっぽりとはまった。

「新開と気まずくなってわかった。好きだったんだって」

「…オレの方がおめさんのことずっと好きだったって」




誰がオレを好きって言ったって、名前じゃなきゃ意味がない。
大勢の好きより、たった1人の好きがずっと聞きたかったんだぜ。




End



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -